「出来ない」
小屋の中では明人とカクリがテーブルを挟み、向かい合っていた。
テーブルの上には小瓶が二つ。一つは空の小瓶、もう一つはただの水が入った小瓶。
その二つを何故か二人は真剣な眼差しで見続けていた。
なぜそのような事をしているのかと言うと───
「明人よ」
「なんだ」
「なぜ、ただの水が入った小瓶なんだい」
「小瓶の正しい使い方だ」
「〜〜〜〜ふざけるなっ!!!」
「いって!!! おいっ!!!」
カクリは怒りの表情で水の入った小瓶を明人に向けて思いっきり投げ、それが命中した。そのせいで、明人は頭に手を置き、テーブルにおでこを付ける事となる。
体を微かに震えさえ、痛みに耐えていた。
テーブルの横に座る前にカクリは明人に「依頼人の匣が入った小瓶を寄越すのだ」と手を差し出していた。
それを明人は「ただ渡すのもつまんねぇからゲームしようぜ」って事になり、テーブルを囲み座った。
そして、ゲームのルールは────
〈液体の入った小瓶を先に取った方の勝ち。取った小瓶はそのままやる〉
と、いう物。
カクリが欲しかったのは匣が入った小瓶であって、何の変哲もない水が入った小瓶には興味はない。だが、彼が準備したのはただの小瓶だった。
「ルール的におかしいだろう。普通は先に取った方の勝ち、目的の物を手に入れる事が出来る、だろう。なぜ、取った物をそのまま手に入れる事が出来るなのだ。それに、準備されたのはただの水と空の小瓶。意味がわからん」
手を組みながら頭を抑える明人に蔑むような目を向け、カクリはまくし立てた。
「だからって、水の入った小瓶を投げるこたねぇだろうが。つーか、こういう時は騙されろや。わざわざややこしい説明をしたっつーのによ」
「やはりわざとだったか。暇つぶしも程々にしてくれ明人よ」
「暇なんだよ」
「だからと──」とカクリが口にした瞬間、何かに気付いたのかドアへと目線を向けた。
「やっと来たか」
「そのようだな。明人が馬鹿している間に匣が黒くなってしまったらしい」
「俺のせいみたいな言い回ししてんじゃねぇわ。関係ねぇ」
明人は「よっこらせ」と立ち上がり、小瓶二つを右ポケットに入れた。そして、左ポケットから少しだけ黒くなっている黄色の液体が入った小瓶を取り出す。
「それが欲しかったのだが……」
「もう遅いな」
明人は真顔で答え小さな木の椅子に座り、小瓶をテーブルに置いた。
「貴様っ……」
カクリが握り拳を握った時、大きな音を鳴らしドアが勢いよく開かれた。そこには顔色が悪く、何を見ているのかわからない奏恵の姿があった。
「お待ちしておりました奏恵さん。椅子にお座りください」
一瞬にして明人は外面に切り替え、優しい笑みを浮かべ椅子へと座るように促した。
「私の──を、早く──てください」
促された奏恵は、明人の声が届いておらずボソボソと何かを呟いている。だが、彼女が何を言っているのか聞き取れず、明人は首を傾げた。
「あの、とりあえず一度椅子に───」
「早く!! 私の記憶を取って!!」
明人の言葉を遮り奏恵は声を荒らげ、何を思ったのか。彼へと近付きいきなり胸ぐらを掴んだ。
「明人!!」
カクリが加勢に入ろうとしたが、それを明人が手で制す。
「お願い、私の記憶を全て抜き取って……。匣はもういいの。だって、もう話す相手は、居ないから」
涙が頬を流れ、空中を舞う。胸ぐらを掴みながら呟く奏恵を、明人は顔色一つ変えずに見ていた。
いつもの微笑みを消し、ただひたすらに奏恵を見ている。
「それは、出来ない」
掠れているような声に、奏恵は掴んでいた手を離しその場にへたりこんでしまう。
「どうして、ですか」
明人の前に項垂れる奏恵の声は、今にも消えそうなほどか細い。声は震えており、聞き取りにくいものだった。だが、今回は明人もしっかりと聞き取れたらしく、静かに話し出す。
「言っておくが、俺は依頼人の匣を開ける事に対してならそれ相応に対応させてもらうが、お前の望みである記憶を取るは俺がやる事ではない。そのため、引き受ける事が出来ない」
明人は少しでもわかりやすく、冷静に説明する。それに対し、さっきまで意気消沈して項垂れていた奏恵が、いきなり顔をばっと上げた。
その顔には怒りの表情が浮かんでおり、歯をかみ締め涙を浮かべている。
「いいから。そんなのいいから!! 早く、私の記憶を取ってよ!! お願いだから!! もう私は、思い出したくないの!!」
頭を両手で掴み叫ぶ奏恵を、明人は表情一つ変えずに見続けていた。
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