「人の心は壊れやすい」

 屋上が立ち入り禁止になってから二週間。

 明人は、その間小屋の中で体を休めながら、架唯の匣が入った小瓶を眺めていた。黄色く輝く液体の中には、黒く変色している部分が見え隠れしている。


「その黒い部分は明人が植え付けたのではないかい?」

「あんな言葉で黒くなるんだったら、元々こいつの匣は濁ってた事になんだろうが。つーか、あんな言葉一つであそこまで乱れるなんてな。人の心とは脆いもんだな」


 口元には薄く笑みを浮かべているが、目は悲しげに揺らいでいた。

 カクリはそんな彼をジィっと見る。その視線が鬱陶しく思い、小瓶をテーブルに置くと逃げるように顔を背けた。


「まだ、依頼人の所へは行かないのかい?」

「疲れてんだよ。それに、あいつはまた来る。その時でいいだろうが」


 言い切る明人を、カクリはぱちぱちと瞬きをしながら見ていた。その後に小さく「そうか」と口にし、奥の部屋へと消えた。


「…………人の心は、壊れやすい」


 何かを思いながら呟く明人は、そのまま目を閉じ夢の中へと入っていった。


 ☆


「奏恵ちゃん、いつまでも落ち込んでたら架唯ちゃんが成仏できないよ?」


 昼休み、教室に一人でいた奏恵にクラスメイトの一人が話しかけた。

 最近奏恵は一人でいる事が多く、ご飯を食べる時はいつの間にか教室から姿を消している。

 授業中も身が入っていないのか外を眺めながら過ごしていた。


「──うん。そうだね、ありがとう」


 奏恵はその言葉にぎこちない笑顔を向けて答えた。

 目元には隈が出来ており顔色が悪い。架唯が死んでから夜、まともに寝れていなかったから仕方がない。

 声をかけた友達が「うん」と頷いたあと、自分の仲良しグループへと戻って行く。


「もう、どうでもいいんだね」


 奏恵はクラスメートの反応を見て、悲しげな笑みを浮かべながら誰にも届かないような声で呟いた。


「私は、まだ架唯の事──許してないから」


 手を握りしめて歯を食いしばる。その後はいつも通り一人で過ごし、そのまま家へと帰って行った。


 ☆


「疲れた。私、何やってんだろう」


 家に辿り着いた奏恵は、真っすぐ自室に戻り鞄をベッドの横に置いて倒れ込んだ。そして、顔を枕に埋める。


「私は架唯の事、許してないから。絶対に、許さないから……。だって、架唯が悪いんだもん」


 頭を抱えて、自分に言い聞かせるように呟く。


「重たい、体が重たい。重たいよ……」


 自身の体を包み、誰かに助けを求めるように何度も同じ言葉を繰り返す。


「…………そうだ。もう、どうでもいい。どうでもいいんだ。どうでもいい記憶なら、無い方が──いい」


 顔を上げ体を起こす。布団を見つめる目は曇っており焦点があっていない。


「もう、どうでもいいや」


 そのままベッドから降り、フラフラと家を後にした。何も持たず、ただひたすらどこかへと向かっている。


 奏恵が向かっている先には明人の住む、噂の林があった。

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