「神霧音禰」

 明人は今、人通りが多く、賑わっている商店街を一人で歩いていた。

 

 目的無く歩いていると、開店しているのかわからない程古いお店の前で立ち止まった。中を覗き込んでみると、本が沢山積み上げられている。今にも壊れてしまいそうな本棚にも複数の本が並べられていた。

 

 明人は中を覗き込むと、無言で店を見上げ。ドアを開き中に入った


「…………埃くせぇな。閉店したのか?」


 中は掃除されていないのか、埃臭く壁に汚れがへばりついている。本にも埃がかぶっており、明人は一目見て奥へと進む。


「…………ん?」


 お店の中を見て回っていると、昔の新聞記事が壁に飾られているのを見つけた。何気なくそれを眺めていると、明人は突然目を見開き足を止める


「これ……」


 彼が目にした記事には、こう書かれていた。



『○○高校に通っていた男子生徒二人と女子生徒一人が突如として姿を消した。名前は織陣真陽留おじんまひる(18)、荒木相思(18)、神霧音禰しんむおとね(17)。三人は学校から帰宅途中に事件に巻き込まれ失踪したと考えられ、警察では────』



 記事はまだ続いているが、明人は名前の箇所を凝視しており、手でなぞる。


「荒木、相思。それに、織陣真陽留って。漢字は違うがあいつだよな。それと、神霧音禰って──ぐっ!!」


 明人が音禰の名前を口にした瞬間、呪いの刻印がされている右肩に、突如として激痛が走り、その場で膝を付いてしまう。


「な、なんだこれ……」


 歯を食いしばり痛みに耐えるが、激痛のあまり大粒の汗を流しその場から動けず、床に倒れ込んでしまった。

 やっと出てきた店員が明人の様子に気付き、焦りながら駆け寄り声をかける。


「大丈夫ですか?! きゅ、救急車を!!」

「い、いえ。大丈夫、です」


 慌てる店員に何とか笑みを浮かべながらそれだけを伝え、肩を抑えながら急いでお店を出る。左右を見て、肩を抑えながら走り人気のない路地裏へと滑り込んだ。

 痛みのあまり汚れ等気にせず、その場に倒れ込む。


「な、んなんだよ、これ……」


 痛みは治まらず、明人は肩を支えながら耐え続ける。すると、少しずつではあるが痛みは和らぎ、地面に手を付き座り直す事が出来た。


「はぁ……はぁ……っ……はぁ」


 酷い痛みだったのが見て取れるほど、明人は疲弊しており息が荒くなっている。それでも直ぐに立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、また地面に崩れ落ちてしまった。しりもちを付いた衝撃でまた肩に痛みが走り、顔を歪め手で抑える。


「なんなんだよ、クソ……」


 訳が分からない状況に、彼は苛立ちを見せ、寄りかかっている壁を殴る。


 突如として明人を襲った痛み。原因は考えるまでもなく”呪い”。


 明人は上着を脱ぎ服を捲り呪いの状態を確認する。

 呪いは背中で留まっていたはずだが、今ではお腹の辺りまで侵食していた。今は鏡がないため背中がどうなっているのか確認す事が出来ない。だが、真っ黒になってしまっているのは間違いない。


「これは、何が原因だよ。……名前──か?」


 先程の古本屋にあった新聞記事。そこに書いてあった三つの名前。


 阿人真陽留、荒木相思、神霧音禰。


 この三人の名前を見つけ、明人が音禰の名前を口にした瞬間、肩に痛みが走った。


「──なんなんだよ」


 原因はわかったが知らない名前を口にした瞬間だったため、この理不尽な状況に怒りを露わにする。

 明人はその場から動かず、考え込んでいた。


 空からポツポツと雨が降り始め、地面を濡らしていく。人の足音も雨音でかき消され、自然の音が鳴り響き始めた


 ☆


 小屋の中では、明人の帰りが遅く心配しているカクリがソワソワとドアの方を見ていた。本を読もうにも集中できず、顔を上げてしまう。


「遅いな………。一体何をしているのだ」


 何か嫌な予感が頭を掠め、険しい顔でカクリはドアを見る。だが、もう我慢できなくなり、カクリは本をテーブルに置き、探しに行こうとドアノブに触れようとした時。ガチャガチャとドアノブが音を立て、外側からドアが開かれる。そこには、疲れ切っている明人が、顔を俯かせ立っていた。


「あ、明人よ。どうし──」


 カクリは明人の様子に首を傾げ問いかけたが、聞こえておらずカクリの横を通り過ぎ奥の部屋に行ってしまった

 明人が通った床は濡れている。カクリが閉じられていないドアを閉じようと顔を向けると、外は濡れており薄暗い。


「雨、だけでは無いな」


 外は雨が降っており、木々が嬉しそうに揺れている。明人が濡れているのは雨も原因の一つだが、それだけではないとカクリは察している。

 彼が纏っている異様な雰囲気に、カクリは考え込むように奥のドアを見続けた。


「…………」


 少し考えたあと、彼の後を追うように小屋のドアを閉め、奥へと向かう。


 最初に確認した記憶保管部屋には、明人の姿は見当たらない。


「雨の中帰ってきた──となると、寒いな」


 カクリは記憶保管部屋があるドアの右側を見て歩く。そこにはもう一つドアがあり、カクリはそこで立ち止まる。


「明人」


 声をかけるが反応はない。ドアをノックしてみても同じ事なため、カクリの脳内に嫌な想像が巡る。


「…………明人よ、失礼すっ──」


 ────バシャン!!!!


 ドアを開けると水が飛び散る音と共に、カクリがびしょ濡れとなってしまった。


「…………何をする」


 お湯をかけられたカクリは前髪の隙間からお風呂に入っていた明人を睨み、怒りの籠った声で問いかけた。


「いきなり開けるからだろうが……」


 明人は帰ってきてすぐお風呂に直行し、今は湯船に浸かっていた。

 顔色は帰ってきた時よりはマシになっている。カクリは前髪をかきあげ、安心したような目を向けた。だが、お湯をかけられた事に対しては別問題なため、口を尖らせ文句をぶつける。


「声もかけたし、ノックもしたぞ」

「中に入ってる奴が気付かなければそれは無駄な行動だ。そもそも、返事をしてから入るのが常識だろうが。返事もねぇのにドアを開けたのは、お前だ。お湯をかけられても文句は言えねぇぞ。水じゃなかっただけ感謝しろ」


 前髪をあげながらグチグチと文句を言う明人に、カクリはもう何も言うまいとため息を吐いた。


「そんで、人の入浴を邪魔するほどの事があったのかよ。依頼人か?」


 ”邪魔”と言う言葉を強調しながら聞く明人に、カクリはジト目を向けながら質問をイラ正し気にぶつける。


「どこに行っていた」

「外」

「記憶を取るぞ貴様」

「取れる記憶なんぞ残ってねぇわ」

「明人の場合、冗談では済まされん言葉だぞ……」

「俺がいつ冗談と言った」


 このままでは埒が明かないと思い、カクリは「後で聞かせてもらおうか」と。ドスの効いた声で言い、お風呂のドアを閉め出て行った。


「────マジか」


 カクリが本気で怒っているのを感じ取ってしまった明人は、引き攣った笑みを浮かべ、ドアを凝視し固まってしまう。


「…………たくっ。出るか……」


 バシャンと湯船から出て、彼はいつもの部屋へと向かった。

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