正司
〈幸せ処〉
「おはようございます!!!」
一つの小さな店に、大きく明るい声が響く。その声に反応するように、中にいた女性二人が振り向いた。
「あら、秋穂ちゃん。おはよう」
「ごめんね。せっかくの休日なのにお願いしちゃって」
「いえ!! 家に居ても暇なだけなので」
明るく楽しげな会話が交わされているここは、小さなパン屋さん”幸せ処”。
元気よく挨拶してお店に入ったのは、肩までの黒髪をバレッタで止めて、高校の制服を着ている女子生徒。
鞄には”
秋穂を出迎えたのは、五十台位の見た目で白いエプロンを身につけている女性、
長いストレートの黒髪を後ろ高めに団子にして、こちらも同じく白いエプロンをつけている二十台位の女性、
笑顔を交わしている女性三人で幸せ処を切り盛りしていた。
小さな家みたいなパン屋なため、三人だけでも十分に回る。だが、街のイベントがあるとお客さんが沢山入ってくるため、秋穂みたいに休日出勤も時々ある。
普通なら休日出勤は嫌われるものだが、秋穂はここの人達が大好きなため、休日出勤でも喜んで仕事をしていた。
「今日は予定とかなかったの? 例えば──彼氏さんとか!!」
「っかかかかか彼氏?!!!! いないいない!!! いないですよそんな人!!」
いきなりな皐月からの質問に、秋穂は着替えるため手に持っていたエプロンを落としてしまった。
全力で顔を左右に振り否定をしているため、皐月はその反応が面白く、顔をニヤつかせ詰め寄り始める。
「あら〜?? 顔が赤いわよ、どうしたのかしら」
「もう!! からかわないでください!!!」
「ふふっ。ごめんね」
皐月は手を口元に持っていき控えめに笑った。見た目が美人な為、女性でも見惚れてしまう程綺麗に見え、秋穂は顔を赤くしたまま頬を膨らませた。エプロンを付け、更衣室から出る。
「それじゃ、今日もお願いね秋穂ちゃん」
「任せてください!!」
更衣室に顔を覗かせ、由喜子が目を細め微笑みながら秋穂へと声をかけた。彼女自身も元気に返事をし、仕事を開始した。
☆
お客様が次から次へと来店して来た為、秋穂達は忙しなく歩いていた。そんなピーク時間はあっという間に過ぎ、今は休憩の時間。
秋穂は裏にあるドアから外に出て、パンを食べている。
「やっぱり由喜子さんのパンは美味しいなぁ」
今日は休みの日に出てくれたお礼に、由喜子がお店にあるパンを二つ選んで「食べてきなさい」と言ってくれた。
なので秋穂は遠慮なく、クリームパンとクロワッサンを選び食べている。すると、いきなり表のドアから男性の声が聞こえ食べている手を止めた。
「お客さん…………にしてはちょっと違う気がする」
男性の声はギスギスとしており、パンを買いに来た人では無いように感じる。それに、由喜子が何やら怒っているような口調で言い合っているのが聞こえる為、普通ではない事がすぐに分かる。
普段はどのようなお客様にも笑顔を絶やさないため、秋穂は由喜子が怒っている姿など見た事がない。なので、今の怒りの籠った言葉にただ事ではないと察し、パンを袋に戻しお店の中へと戻って行く。
中へ入ると、男性二人と由喜子が口論をしており、周りのお客様は物珍しそうにそんな三人を遠目に見ていた。その中には眉を顰め困り顔を浮かべているお客さんもいる為、このままではこのお店の評判が下がってしまう。
「皐月さん、これは一体……」
「あ、秋穂ちゃん……」
皐月はどうすればいいのか分からないというように、不安そうな表情で秋穂の方に顔を向ける。
「あの人達は誰なんですか?」
「あの人達は、この一帯に大きなホテルを建てたいらしいの。そして、その為にはここ付近にあるお店や家が邪魔になるから買収しようとしてるのよ」
「ばっ! 買収?!」
せっかくお客さんも増えてきて楽しく仕事をしていた矢先、買収の話が出ていたなんて思ってもいなかった為、秋穂は目を見開き驚いてしまった。
皐月が言うには、この買収の話は一ヶ月前から続いているらしく、由喜子はその度に追い返している。
いつもは秋穂が休みの時に来ていたので、今までは会う事がなかったそうだ。
「嫌ですよ、そんなの……」
「私だって嫌よ。でも、私達が入れる話じゃないからどうする事も出来ないわ」
「そんな……」
その後も三人の口論は十分以上続き、男性達は最後「また来ます」と言って店を出て行った。
「二度と来ないでください」
由喜子は呟き、周りのお客さんに微笑みを返し厨房へと入って戻って行く。皐月と秋穂はその後ろをついて行った。
「大丈夫ですか、由喜子さん……」
皐月は水をコップに入れ渡している。由喜子は弱々しく手を伸ばし、疲れたような笑みを浮かべながら受け取った。
「ありがとうね、皐月ちゃん」
「このくらいしか出来ないので……」
二人の雰囲気は暗く、あまりわかっていない秋穂が割って入る事など出来る訳もなく、立ち尽くしている。
「あ、秋穂ちゃん。ごめんね、あんなところを見せてしまって…………。大丈夫かい?」
困った表情で問いかける由喜子に、秋穂は詳しく聞こうと彼女の隣に移動した。
「あの、私に出来る事はないですか?」
その言葉に、由喜子は優しく微笑み一言。
「ありがとね」
秋穂の頭を撫でた後、パンを作る為厨房に立ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます