第6話 南雲邸へ(1)

 南雲邸は杉並区高円寺にあった。杉並区は三鷹市、武蔵野市などの多摩地区に隣接している特別区の一つであるが、実は高円寺なら警視庁から車で30分も掛からない。これがより武蔵野市に近い西荻窪などとなるともう少し時間が掛かる。

「明るい人だったなぁ」

 運転しながらルイは呟いた。蛇岩から連絡をしたと言うが、一応訪ねる現責任者のルイからも電話を入れるのが筋だと思って電話したのだ。

『ああ! 蛇岩の後釜の妖怪ハンターさんですかぁ!』

 ルイにしては珍しいことだが、3秒ほど黙ってしまった。その後のやりとりで、訪問は快諾してくれた。

 助手席のナツは目を少し細めて肩を竦める。

「まあ、蛇岩さんがあんなに頭抱えるから、タイプとしては想像できるよ」

「そうなの?」

「室長もそうだろうけどさ、キャリアってどちらかというと腹芸の方が得意だろ?」

「僕はそうでもないけど……」

 どちらかというと正面から煽る方が得意である。

「蛇岩さんは、そう。だから、腹に一物持ってる奴との駆け引きはできるけど、真っ向から堂々と馬鹿にしてくる相手は苦手なのさ」

「友達なんでしょ?」

「利害が関係ないからね。でも、今回利害が絡んじゃったわけだ」

「俺はキャリアとしてのレンさんのことはよくわかりませんが、弁は立つし論理的だし交渉事は上手い。佐崎の言うとおり、同じ利害で交渉のテーブルにつかない相手の説得は苦手でしょうね。それこそ心配して警察に届ける、くらいでしょう」

 アサも苦笑いしている。

「おじさん優しいから、お友達を言いくるめるってできないんだよね」

 メグもこっくりと頷いた。聞けば、メグは諸般の事情でレンに引き取られて暮らしているらしい。以前、スポンジボールを投げ入れるバスケットゴールをくれたと言っていたお手伝いさんが通っているそうで、レンが南雲邸に泊まった時もその人が来てくれたとのことだ。

 以前、お手伝いさんが来てくれている、と聞いた時に、メグの家は金持ちなのかと尋ねたことがあるが、キャリアの警視正が得る大体の収入を考えると、金持ちと呼んで差し支えないだろう。

「友達を言いくるめるか……そうだな、そう考えると優しい人にはできないね」

 ルイが納得して頷くと、助手席のナツがにやにやしてこちらを見た。

「室長だってできないでしょ?」

「代返頼まれて断るときに言いくるめた」

「代返頼む奴は友達じゃない」

 一蹴された。ルイはそれ以上言い返さずに肩を竦める。

「あたしは言いくるめるほどの頭ないからね」

「嘘を吐くな」

 後部座席からアサの鋭い言葉が飛んでくる。

「都伝じゃお前が一番ハッタリ強いだろ」

「蛇岩さんと違ってボロが出ちゃうからなぁ」

 ナツはどこ吹く風だ。

 佐崎さんのハッタリってどんなのだろう。気にはなったが、今は仕事だ。やがて、ナビが目的地への到着を告げる。駐車場を使って良い、と言われているので、ありがたく停めさせてもらった。

「でけぇ家だなぁ……」

 会社経営というが、さぞや事業が順調なのだろう。あの明るさから考えると、思い切った決断も平気でしてしまえるのではないか。インターフォンを押すと、女性の声がした。レンが言っていた手伝いの女性だろう。

「ご連絡していた、警視庁の久遠です」

『はーい、ただいま』

 すぐに元気の良い年配の女性が出てきた。そうかと思えば、その後ろから南雲真一本人とおぼしき男性も出てきている。

「いやあ! お待ちしておりましたよ! 南雲と申します」

 アサを見て、

「久遠さん?」

「私は桜木と申します」

「久遠は僕です」

 警察手帳を見せる。南雲はやや大袈裟にのけぞって、

「いやあ! 失礼しました! 随分とお若い室長さんなんですね!」

 それを聞いて、ナツが吹き出した。

「おい」

 アサが小声で咎める。

(まあ、確かに桜木さんは落ち着いてるからな)

 場数もあるのだろうが、元々冷静で狼狽えないアサは自分よりもよっぽど室長の器であるようにも思えた。が、アサが室長になって、管理職の仕事で忙殺されるのももったいない気がするのでこのままで良いと思う。

(そう言う意味での適材適所もあるし)

 家に上がると、洗面所を借りてからぞろぞろと南雲について行った。レンの話にあったように、案内された部屋には立派ながベッドが置いてあった。

「二人で寝たんですか?」

 メグが尋ねた。ナツがとうとうこらえきれずに笑い出す。南雲は南雲で、あっけらかんとした調子で、

「蛇岩にはお客さん用の布団敷いて寝てもらったよ。あいつでかいから、ベッドに一緒に入ると狭いだろ?」

「マジかよ」

 今度はアサがルイに聞こえるか聞こえない程度の声で呟いた。レンが小柄なら一緒にベッドに入ったと言うのか、ということだろう。あの世代の日本人としては珍しく、190センチ近いレンは、平均的な体格をしている南雲のベッドでは狭いだろう。

「布団から足出てたけどな」

「そうですよね」

 メグが納得したように頷いた。ナツがけたけた笑う。

「おい」

 アサが再び咎めた。

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