謎の小部屋

 第2次シンキングタイムを終え、モンターナとはいったん別行動を取ることにする。

 モンターナは1階で見つけたプレートまわりの再調査。

 俺とカノンは引き続きこの地下階層の調査だ。


(……視覚も、だいぶ順応してきたな)


 開口部から光が入り込んでいた一階部分とちがい、この地下階層はガラス化した際に無数の微小な亀裂ができたと思われる壁から、薄明かりが漏れ込んでくるのみ。

 ゆえに1階部分と比べて全体的に仄暗かったのだが――この暗さにも、そろそろ慣れてきた。

 単なる凹凸の陰影しか見えなかった床面も、徐々に見えてきている。


「……カノン。もっかいこの部屋を通路側からざっと調べてみよう。

 なにか気になるところとか、思いついたことがあれば教えてくれ」

「んっ」


 地面に身を伏せるようにして、暗い床面に目を近づけてみる。

 まるで岩肌のような、微かな起伏。

 グローブを外して触れてみると、つるつるしている。

 この建物の外観と同じように、ガラス化しているようだ。

 灰やガラス粒のようなものは指先に付着していない。


「……ぜんぶ、焼けちゃった、のかな」

「焼けた後で、床面と一体化してしまったっぽいな」


 モンターナが教えてくれた『ガラス化砦』なる現象についてはいまだによく理解できていない――現実ですら誰にもわかっていないのだろうが――のだが、この床面には、かつてこの建物がガラス化する前に存在したなんらかの物体の痕跡はほとんど残っていない。

 ただ、なにかしらの物体が存在することは存在したのだろう。

 それが燃え落ちてガラス化した地面に固着してしまっているから、このように微かな起伏を成しているのだと思う。


「……ポータルが熱源、ってこともなさそうだよな?」

「え、と?」

「この建物をガラス化させた熱源が、ポータルを通ってやってきた、とか」


 ……いや、その説は厳しいか。

 この建物は、外観を含めてほぼ一様にガラス化している。

 外壁をガラス化させるほどの熱がこの建物の中で発生したなら、その熱源となるポータル周辺は極めて高温になったはずだ。

 それこそ、3,000度とか4,000度とか。

 その温度だと、鉄だろうが合金だろうが蒸発してしまうだろう。

 ポータルの形が遺っている時点で、その線は薄い。


「……この建物ごと、マグマに、呑まれちゃった、とか?

 そのときに、マグマの熱で、ガラス化した、とか」

「その線は最初に考えたんだけど――そういうわけでもないみたいだ。

 この建物の上にいるときに、この建物とセドナの断崖絶壁との境界面を見たんだけど……。

 この建物は、ガラス化した後にマグマに呑まれているっぽいからな」


 カノンに言われて整理してみて、ここまでの理解に少し誤りがあったことに気づく。

 この建物がガラス化するほどの超高温、その灼熱によって形あるものはみな燃え尽きたから、この建物の中にはなにも残っていないのだと、俺は思っていたけれど。

 よくよく考えてみれば、この建物は2度の超高熱に晒されているわけだ。


 この建物が辿った末路はおそらくこんな感じだ。

 まず、なにがしかの物理的衝撃がこの建物を襲い、その際に1階吹き抜けの一部などが崩落した。

 次に、なにがしかの熱的災害によって、建物全体が一様にガラス化した。

 これが1度目の超高熱で、恐らく1,000度から1,500度の熱。

 そしてそのあとで、セドナで起きたと思われる火山活動に巻き込まれ、地殻変動によってセドナの高地まで持ち上げられた。

 その時に、この建物はマグマに呑まれている。

 だから、この建物はセドナの断崖絶壁に埋まっているのだ。

 このときマグマに呑まれたのが2度目の超高熱で、こっちはマグマの温度を考えれば1,000度未満だろう。


 それぞれの出来事は短期間に連続している必要はない。

 ただ、順番自体はそのような感じであったはずだ。

 この建物の中に、なにかが燃え尽きた灰や遺留物がほとんど残っていないのは、単にガラス化の際に燃え尽きたからだけではないのかもしれない。

 2度目の焦熱や、最後の地殻変動の衝撃で、僅かに残っていた痕跡が更に微小に砕かれてしまったのだろう。

 後者については、地上から1kmほども上空に運ばれるほどの地殻変動だ。

 そりゃもうガックンガックン揺れたことだろう。


「……そう考えると、よくポータルは形を保ってたよなぁ」

「たし、かに」


 製造装置がつくってくれる謎装置の中でも、最大級の謎装置だったからな、ポータルは。

 レアメタルやら謎の合金やらがふんだんに要求されたぶん、耐久度も高かった。


(……あれ?)


 そういえば、あのポータルって、製造装置でつくった奴なのか?

 デザインが一緒だし、たぶんそうだよな。

 じゃあ、あのポータルって、俺たちプレイヤーがつくったものなのか?

 この建物のように、俺たちの知らないなにものかがつくったものではなく。

 俺たち自身が、この星に遺してきたポータル、そのものなのか?

 それを、なにものかが、この建物の中に運び込んだ。


(……いや、そうとも限らない、か)


 俺たちがこの星に遺してきたのは、ポータルだけではない。

 製造装置もまた、この星の上に遺してきたのだ。

 だから、それを使えば、俺たちが利用していたポータルとまったく同じものを、新たに作り出すことはできる……か。



「フーガ、くん?」

「……ん、ごめん。なんだった?」

「このあたり、あんまり、気になるもの、なさそう、かも」

「ありがと。よかった」


 気になるものがないというなら、それはそれでいい。

 異常の痕跡がないというなら、それでいいのだ。

 たとえば、壁に大きな爪痕があるとか。

 たとえば、地面になにかをぶちまけたような痕跡があるとか。

 たとえば、なにかのメッセージが遺されているとか。

 そういうのでないなら、まだいい。

 この部屋が、この建物の内部こそが危険なのだと示すものが、ないというのなら。


「……となると、やっぱり見るべきは、ポータルのある奥側だよな」

「やっぱり、ポータル?」

「うん。……それと、まだ見てない右奥の小部屋だな」


 ガラス窓の向こうに隔離されたポータルの小部屋と、この地下の広間の間をつなぐ、両側を鉄の扉で塞がれた小さな空間。

 その小部屋について、モンターナは滅菌室のようなものであったのではないかと言っていたが……。


「気になるよなぁ」

「見えないと、ちょっとこわい、ね」

「うむ」


 この地下階層についてはだいたい把握できたと言ったが。

 あの空間だけが、まだ確認できていない。

 横幅2mほど、奥行き2.5mほどの、あの小さな空間だけが。


 人間は、未知を怖れる。

 そこになにか怖いものがあるということよりも。

 そこになにがあるのかわからないほうが、俺は怖いと思う。

 そこに、なにかおぞましいものが潜んでいるのではないかと、無際限に想像してしまうから。


「……開けて、みる?」

「開けて、見ておきたいよな」


 見えない恐怖を払拭する方法はただ一つだけ。

 見て、確かめるしかない。

 箱の中を覗き込むしかないのだ。

 たとえそれがパンドラの箱だったとしても。


 未知なるものへの恐怖と、既知なるものへの絶望。

 どっちがマシかと言われたら……どっちだろうな?

 個人的には、希望が見つかるワンチャンに掛けて開けてしまいたい。

 というか、希望がなくても開けてしまいたい。

 確認できるものについては、早めに確認しておきたい性分なもので。


「うし、開けてみっか」

「また、蹴る?」

「場合によっては」


 すまん、モンターナ。

 ちゃんとスクショは撮っとくから、開かなかったときは二度目の器物損壊を許してくれ。



 *────



 地下への階段から続いている通路、この部屋の入口から見て、右奥。

 そこに、やや小さめな鉄の扉がある。

 横幅1m、縦幅2mといったところか。

 階段下の鉄扉と同じように、なにか塗料のようなものが流れ落ちたような縦に細い液体痕がある。

 扉に窓はない。また、ドアノブのようなものもない。

 おそらくは横滑り式の扉だったと思われる。


  ――カン カンッ


 先客がいるかもしれないので、鉄楔の柄で軽くノックをしてみる。

 ……反応はない。ついでに聞き耳を立ててみるに、そこまで厚みはなさそうな音だ。

 どうやら、この扉の向こう側は空洞らしい。

 縦穴が通っているような気配も、崩落しているような気配もない。


 軽く押したり横にずらしたりしてみるが……ビクともしない。

 モンターナが言っていたように、扉の周縁部のコンクリートがガラス化して、扉ごと溶接されてしまっている。

 この扉を開けようと思うなら、もう蹴破るしかないだろう。


 しかし……この扉は、それほど厚みがなさそうだな。

 なにかの出入りを物理的に封じ込めようとしたにしては貧弱だ。

 となると、やはりモンターナの読み筋の滅菌室とかが近いか……?


「……やっちゃう?」

「待て、カノン。こちら側の扉は駄目みたいだが、ポータルがある部屋の方からは入れるかもしれん」


 でも一応、扉のスクリーンショットは撮っておく。

 あとで蹴破るかもしれないからな。忘れないうちに撮っておく。


 さて、ポータル部屋の方から続く扉を確かめようとすると、当然ポータルのある部屋に入る必要がある。

 本来の通路がこうして使えない以上、かつてのガラス窓の穴の方から入ることになる。


「カノン、どうする?」

「わたしも、行く」

「おーけー。窓枠に残ってるガラスの棘に気を付けて」

「んっ」


 床から1mほどの高さの窓枠に手を掛けて、一息に登る。

 穴の大きさは十分、縦幅も1.5mほどある。

 さすがに上って立ち上がると、頭が窓枠の上辺に引っかかってしまうけど。

 カノンなら立ってもまだ引っかからないくらいの高さがある。

 ……かつて、ここにガラスがハマっていたっぽいんだよな。

 縦1.5m、横6mほどの一枚ガラスが。

 それって、けっこうすごい技術じゃないか?

 それこそ、現実の科学技術張りに。


(……。)


 そのまま窓枠の向こう、ポータルのある小部屋に着地する。

 こちら側の床面も、広間の床面と同じような材質で、同じようにガラス化している。

 あちら側とこちら側で、なにか目立った差異のようなものは見受けられない。

 そうして、あらためて間近から、目の前に散乱するポータルの残骸を見る。


(……ぼろぼろ、だな)


 窓枠越しに見たときは、周辺機器含め、ポータルの形状をきちんと留めていると思ったものだが……こうして近くで見てみると、まともに見えるのは輪郭だけだ。

 かつてゲートを構成していた台座は焼け焦げて歪んでいる。

 周辺機器から台座に伸びる導線は完全に断線している。

 更衣ロッカーのような形をした周辺機器類も、前面のランプや計器類が粉々になっている。

 きっとその中身もぐちゃぐちゃになっているだろう。


「フーガくん、さきに、部屋の方、見る?」

「おっと、そうだな」


 たしかに、安全確認していない空間の近くで熟考するのは危険だな。

 その扉が開くにせよ開けるにせよ、まずは指さし確認よし、してからだ。


「うん? ……こっち側の扉、よく見たらあっちのとちょっと形状がちがうな。

 材質は同じ、鉄の扉ではあると思うんだけど」

「……ほんとだ。……これ、取っ手……の、あと?」


 こちら側の扉には、俺の腰の高さより少し上くらいの位置に、棒状の突起が突き出している。

 位置的にも、恐らくはドアノブのようなものがあったと思われる。

 周囲を見ても、それらしき残骸は落ちていないが……地殻変動に際して建物ごとシェイクされた際に、どこかに行ってしまったのかもしれない。


 そして扉の左手、俺の肩のちょっと下くらいの高さのところに、縦15cm、横10cmくらいの窪みがある。

 階段下の鉄扉の横にあった窪みと似ている。

 あのときは、カード・キーによる電子ロック的なものかもしれないと考えたのだが。


(……。)


 まぁ、いい。

 それについては、またあとで考えよう。


 こちら側の扉には、かつてドアノブがついていたということ。

 つまりこの扉は、恐らくは引戸か押戸だった可能性が高い。

 ということは、前後方向に動くようなつくりをしていたということだ。

 つまり、横滑り式だったあちら側と比べて、前後方向への力に弱いということだ。

 恨むなよ、扉。俺たちの真理究明の犠牲となれ。

 目の前の扉に一つ蹴りをくれてやるべく、いざ屈伸を――


  キィィィィィィ――


 ――しようとしていたところ。

 扉に軽く触れたカノンの目の前で、その扉は。

 金属が軋む不快な音を立てて。

 ゆっくりと――向こう側に開いた。


 くらがりに沈む小部屋が、そこにある。


「……ふつうに、押したら開いちゃった、けど」

「……なにごとも、暴力で解決しようと思ったらだめだな、うん」


 物理は最終手段にしようね。



 *────



 その暗い小部屋は、想像していた通り、かなり狭い部屋だった。

 ポータルのある部屋から見て、奥行きは2mほど、横幅は2.5mほど。

 色の抜け落ちた、仄暗いその部屋には、特に目立ったものはない。

 ……なにも、ない?


「フーガくん。ここの床、ちっちゃい穴、開いてる」

「……ほんとだ。……排水口、的な……?」


 部屋の片隅に、直径1cm弱の小さな穴が、規則正しく幾何学的に配列されたタイルのようなものがある。

 見た感じ、なにかの排水口だ。


「こっちの横壁には、なんかつぶつぶした紋様みたいなのがあるな」

「……なんだろ、ちっちゃい穴?」

「ああ、模様じゃなくて小さな穴の集まりか。

 となると、排水口ってことはないだろうから、なにかの噴射孔……?」


 この部屋の壁にも、カノンの肩の高さくらいの位置に、なにか小さな穴の集まりのようなものがある。

 壁に設えられていることも考えると、やはりなにかの噴射孔のようにも見える。

 となると、やはりここは滅菌室だろうか。

 滅菌室というのを実際に見たことはないのだが、なんとなくこんな感じなのではないだろうか。

 ……でも、なんだろう。

 なんかこの部屋、既視感がある。

 似たような空間を、知っているような――


「あっ」

「どした、カノン」

「―― " 洗浄室 " ?」

「うん? ……ああっ!」


 あっ、それだ。既視感の正体。

 この小部屋は、プレイヤーの脱出ポッドの " 洗浄室 " に似てるんだ。

 壁に空いた噴射孔。

 その穴の大きさ。

 空間の絶妙な狭さ。

 洗浄槽こそないが――


 暗い床面に目を凝らす。

 そこには、なにか細かな金属片のようなものが散らばり、地面と一体化している。

 これは、この部屋の壁に設えられていたなにかの計器――この滅菌室のコンソールかなにかだったのではないか。


(……だとすれば、やはり)


 やっぱり、そうだ。

 この洗浄室めいた滅菌室らしきものを見て、確信した。

 俺たちの技術を継いだ、俺たちの知らない、なにものか。

 そいつらの技術レベルは、かつての俺たちとほぼだ。

 それも、現実の俺たちと同等なのではない。

 母星アースから、移民船に乗ってこの星にやってきた、フーガたちという人類種。

 そんな『犬』の中の俺たちの技術レベルと、ほぼ同等なんだ。


 コンクリートやセメント、ガラス。

 それらは、俺たちがこの星で再現し、この星に遺した技術だ。

 鉄扉やエレベーター、電子ロック。

 それらは、俺たちが遺した技術の少しだけ先にあるものだ。

 だが、この洗浄室に、ポータル。

 それらは、俺たちが現実から『犬』に持ち込んだ技術ではない。

『犬』のなかでのみ実現していた、ゲーム的な技術だ。

 それらの技術が、この建物には使われている。

 ゲーム的な技術を、使いこなしている。

 と、なると――


(……だが、まだ、だな……)


 この建物をつくったなにものかについて、だいぶ絞り込めてきたような気はする。

 だが、まだいまいちはっきりしない。

 輪郭だけは描けるのだが、明確な核となるような情報がない。

 彼らが、いったいなにものなのか。どこから来てどこへ行ったのか。

 そのあたりについては、まだ未知数だ。


「フーガくん、まだ、なにか見る?」

「……いや、この部屋は、とりあえずいいかな。

 あとでモンターナにも見てもらおう」


 この部屋については、この辺でいいだろう。

 とにかく、この小部屋の中に差しあたっての脅威がないことは確認できた。

 噴射孔からなにかがいきなり吹き付けてくるようなこともなかったしな。


「いまのところ【危機感知】にも反応はない、よな?」

「たぶん……」


 ……いかんな。確認してもなお、ぜんぜん警戒が解けない。

 やっぱりこの場所、ちょっと怪しすぎるよ。


「んじゃ、近場の安全も確認したことだし、いよいよポータル部屋の調査と行きますか」

「んっ」


 さて、いよいよ本命だが……。

 なにかしら、考察の種になるようなものは見つかるかな?



 *────



 一方、その頃――

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