硝子の地下(2)
ガラス化したコンクリートの廃墟の中、鉄扉で遮断されていた地下階層。
その最奥にあったのは、なにか複雑な機械の残骸だった。
そしておそらく、俺はその機械の正体を知っている。
なぜなら、前作『犬』で、俺が散々使い倒したものだから。
俺だけじゃなく、カノンも、モンターナも。
前作プレイヤーは、一度は使ったことがあるだろう。
一度はその恩恵に預かったことがあるだろう。
惑星という広い探索領域を飛び回るために、プレイヤーに与えられていた近未来技術。
『犬』では数少ない「現実では実現していない」技術の一つ。
すなわち――
「――
確認するように、カノンに問いかけられる。
俺もそう思うだろうと、確信しているかのような声音。
(……。)
まだ、外観を見ただけだ。
しかも、目の前にあるのは壊れ果てた残骸。
それが実際に動いているところを見たわけではない。
これが本当にあのポータルであるかは、普通ならば
だが――
「……ああ。まちがいない」
それでも、俺は断定する。
紛れもなくポータル――すなわち、転移装置であると。
だって、さ。
「……俺たちが使ってたのと、完全に一緒じゃねぇか、これ」
「ああ。……これは、
見た目も周辺機器も完全に一緒なんだもん。
これでポータルじゃなかったら詐欺だろう。
『犬』に存在したポータルという装置は、「現実では実現していない」技術だった。
ゆえに、その原理についても意図的にぼやかされていたところがある。
なにせ資源さえ集めてくれば、製造装置先生がそのパーツを作ってくれるのだ。
プレイヤーは、それらを任意の場所に組み立て・設置するだけでよかった。
クリエイティブな要素に満ちていた『犬』では珍しいことに、ポータルという装置は、その形状や周辺機器のカスタマイズが不可能な製造物だった。
なんというか、ゲーム的なあれこれを隠蔽するために、プレイヤーの介入する余地をあまり残したくなかったのだと思う。
つまりポータルという装置は、誰が作っても、必ず同じ形状、同じデザインになったのだ。
大きさだけは、いくつか種類があったが……。
プレイヤーの脱出ポッドと同じで、デザイン自体は画一的だった。
ゆえにポータルというのは、一目見ればそれとわかる。
「近づいても大丈夫かな?」
「さすがに……大丈夫だと思うが。
ゲート上部とか、派手に壊れているようだし」
「……活きてはいない、か」
……そりゃ、そうだよな。
懐かしい知己に再会したような気分だったけど。
残念ながら、彼はもう、きっと遥か遠い昔に、その生涯を終えていた。
目の前のこれは――その骸に過ぎない。
*────
モンターナの言う「ゲート」とは、複合装置であるポータルの一部分。
円形の台座の上の、転送されるプレイヤーが立つことになる空間のことだ。
そこに立つと、シュイーン、とカバーガラスに覆われて、プシュー、と円筒状の密閉空間が作られる。
ポータルによる転送の一応の理論づけとしては、その密閉空間内の物質の情報を記録・転送し、ゲート内部の物質を分解し、別の場所で再構成する……と言ったような感じらしい。
分解された分子自体は転送されず、情報だけが転送される。
転送先での再構成に必要な分子は、周辺機器から供給される……らしい。
なにやら転送事故が起こりそうな仕組みだが……そこはまぁ、ゲーム的な演出だ。
それっぽいだけで、実際に分解・再構成しているわけではないのだろう。
そのような事故が起こった記録もないしな。
そんなゲーム的な都合で用意されたポータルだが、その転送の様子は、外部からでも見ることができた。
その様子は、この世界のダイブイン・ダイブアウトのときと同じような感じだ。
現れるときは、ゲートの中に、どこからともなくふっと現れた無数微小の青白い粒子が、くるくると渦巻きながら、人の形を形成する。
そんな青白いヒトガタに、ぱりぱりと、どこかホログラフィックなエフェクトが覆いかぶさって、プレイヤーのアバターの形となる。
消えるときはその逆だ。
このような転送の様子を外から見られるようにしていたのは、プレイヤーにSF的な演出を楽しんでもらうためだろう。
こういう演出は、いかにも「転送されてます」って感じするよな。
下手に隠してしまうより、それっぽく演出してしまった方が、プレイヤーに疑問を持たれにくいと思ったのかもしれない。
……とにかく、ポータルという複合装置の中で、プレイヤーが立つことになる場所がゲートと呼ばれていた。
目の前のポータルは、そのゲートを構成する部分が派手に壊れているわけだ。
周辺機器が生きている、いないに関わらず、肝心のゲートがいかれているのでは……。
*────
モンターナの言う通り、このポータルはゲートの上半分がまるっと壊れている。
これでは転送もなにもない。
周辺機器にも、稼働を示すような気配はまったくない。
当たり前だ、電力なんてどこからも供給されていないだろう。
ゆえにこのポータルは壊れている。死んでいる。
むしろ活きていたらビビるわ。
コンクリートがガラス化するほどの、1,000度を超える灼熱。
文明の痕跡がまるっと拭い去られるほどの数億数万年という長い歳月。
その2つを経てなお、目の前の超精密機械が活きているとは思えない。
往時の形を保っているだけでも奇跡のようなものだろう。
モンターナの言葉に一つ頷き、ポータルの残骸をより近くで観察するべく、目の前の壁の穴に手を――
「……あっ、フーガくんっ、すとっぷ!」
「おぅっ!?」
手を掛けようとしたところで、ふいに静止の声を掛けられる。
即座に硬直し、ぎぎぎ、とカノンの方を振り向く。
「な、なにか、ありました?」
「その、穴の上のところ……なにか、ぎざぎざしてる」
「……うん?」
カノンが指し示したあたりに目を凝らしてみる。
仄暗くてよく見えなかったが、俺が手をつこうとしたあたりには……なにか、ぎざぎざした1mmほどの厚さの破片のようなものが生えている。
あぶねぇ、革グローブ越しに刺さるところだった。
「……これは、ガラス、か?」
曇りガラスのように濁ってはいるが、その薄さ、その色はまさに、ガラスの破片のようだ。
その破片は、壁に空いた大きな穴の真ん中あたりを、この壁に水平に並び生えている。
よく見ると……2列ある。この大きな穴には、ガラスは二重に嵌まっていたようだ。
つまり、この長方形の穴は――窓、か。
「むかしは、この穴に……ガラスが嵌まっていたのか」
「その可能性が高いんじゃないかな」
「……ガラスって、1,000度とかになっても溶けないのか?」
「一般的な石英ガラスの融点は1,700度ほどだったかな。
鉄よりも溶けにくい。……それに、蒸気圧の関係で液化せずにそのまま気体になる」
「へぇ……」
知らなかった。ガラスって意外と溶けにくいんだな。
……いや、そりゃそうか。
この建物もガラス化して形状を保ってる以上、この建物がガラス化したときの温度では形が変わらないってことだもんな。
そうして暗い足元に目をやれば、なにか細かな砂粒のようなものが散乱しているのに気が付く。
ブーツの靴底で擦れば、じゃりじゃりと荒い感触を返す。
グローブを外して指をつけてみれば、砂粒のような破片が指に付着する。
暗くてよく見えないが、これは……破砕したガラス、か……?
恐らくはこの窓枠に嵌まっていたガラスが割れ砕け、この周囲に散乱し、長い歳月の中で劣化・破砕して散らばったのだろう。
……室内の仕切り壁に空いた大きな窓、そこに嵌まっていたガラス。
つまりこの部屋からは、ガラス越しにポータルが見えていたわけだ。
「んむ、ここにガラスが嵌まってたってことは、どうやって向こう側に行っていたんだ?」
「……ここだ、フーガ。
こっちに金属扉のようなものがある。
先ほど君が蹴破った鉄扉同様、扉の周縁部がガラス化して溶接されてしまっているが……かつてはここから通っていたんじゃないかな」
モンターナの指し示すところを見れば、なるほど。
壁の右手に、鉄の扉のようなものが嵌まっている。
かつてのガラス窓から小部屋の右側を覗き込んでみれば、そこにも同じような扉がある。
それら二つの扉がつながっていると思われる小部屋を一つ挟んで、そこからこちら側と向こう側を行き来できたようだ。
「……そっちから、通れるように、する?」
「いや、向こうに行きたかったらこの穴から通れるからな。
今回は器物損壊はやめとこう」
必須じゃないなら、不用意に壊すのはやめよう。
一度壊してしまえば戻らないし、壊さないに越したことはない。
(……。)
穴に手を掛けながら、もう一度ポータルが設えられている空間を見渡す。
そこは、六畳……いや、八畳一間を横から見たかのような、小さな空間。
空間の壁面は、これまで同様ガラス化してしまっており、色も抜け落ちている。
見たところ、ポータルとその周辺機器以外はなにもない。
つまりこの仕切り壁の向こうの空間は、ポータルを設置するためだけに用意された空間だと思われる。
そして向こう側とこちら側は、かつて巨大なガラス窓で区切られていた。
「……なぁ、モンターナ」
「うむ」
「ポータルってさ、危険物だっけ?」
「……まぁ、未解明の部分を多く含む物体ではあったね」
「爆発とか、したっけ?」
「私の記憶では、ないね」
……ううん。
どうにもしっくりこない。
この地下階層の形状、この階層の役割。
かつてこの空間の最奥にあったのがポータルだとして。
それをガラス越しに覗き込むような形になっていた、この広い広間。
それはまるで、ポータルを観察していたかのようで。
最初からそのために作られた、空間であるかのようで。
ならばこの空間は……なんだ?
この地下階層では、かつて、なにが行われていた?
*────
ポータルの小部屋はひとまずおき、あらためてこの地下階層を探索する。
一つ一つを観察するよりも先に、まずはこの階層の構造をざっくりとでも把握しておきたいところだ。
「あっ、ここの壁も、1階で見たのと、いっしょな感じ?」
「どれ、カノン。……ああ、ほんとだ。
位置的にも、エレベーターが通っているのは、ここかな」
この空間に入ってきた方から見て左手側の壁を見ていたカノン。
その声に誘われてみれば、上の階で見たのと同じように、壁の一部の色が変わっている。
耳を押し当てて叩いてみれば、コンコン、と鈍い音が返ってくる。
1階の壁の向こうに聞いたような反響音は、ない。
「……この向こう側、たぶん崩落してるな。
あるいは、エレベーターの箱が落ちて潰れてるかも」
「ふむ。……これでこの地下階層へつながる経路は判明したんじゃないか。
私たちが降りてきた階段につながる通路と、このエレベーター。
その二つがこの地下階への侵入経路であり、この地下階からつながる経路のすべてだ」
「まだ隠し通路とか、隠し部屋とかあるかもよ?」
こういうのはお決まりだろう。
この建物については、片面からのみとは言え、屋上から基部までの外観を見ている。
隠し部屋のようなものがあるとすれば、構造的に気づけそうだ。
「右手側については、崖から突き出してた部分だから、ないだろう。
漏れ込んで来ている光の強さから言っても、右手の壁の外は外界だ。
この建物の高さについては判明しているから、これ以上の地下階も存在しないと見ていいだろう」
「開口部の下側の壁面は……5mくらいだったよな。
たしかに、この階層の下に部屋をつくるのは難しいか」
この地下階層の高さは3mほどある。
上下の床面の厚みなどを考えれば、この下にもう一つ階層があるというのは考えづらい。
……そう考えると、俺たちの足の下って、1,2m程度の基部を挟んでなにもないんだよな。
床を挟んだその下には1kmに渡る空がある。
そう考えると、ちょっと足が竦むような……。
「だから……隠された部屋があるとしたら、エレベーターがある左手側かな。
そちら側については崖に埋まっている方だから、空間的な広がりが未知数だ」
そうして3人で、この空間の左手側の壁を検める。
崖に埋まっている側であるそちらはひと際暗く、夜目のない俺ではぼんやりとしか見えない。
視覚的な調査については夜目を持つ2人に任せるとしよう。
「恐らくはなにもない、かな」
「なさそう」
「ないか」
俺の方でもこんこんと石楔で叩きながらひと通り歩いてみたが……空洞音のようなものは聞こえてこない。
つまりこの地下階層については、恐らく見えている範囲ですべてだろう。
崩落していたりしたらわからないが、その場合は気にしても仕方がない。
「たぶん、見えている範囲で全部だと思うよ。
この地下階の広がりは、ポータルがある小部屋も含めれば、1階部分と概ね一致するから」
「と、なると……地下については、この広い部屋一つで全部と見ていいのか」
「分かりやすくて助かるね」
隠し部屋はなかったか。
……ありそうだけどなぁ。
なんかここ、怪しいし。
*────
「さて、これでひと通り、この建物の内部について、現状で探索可能な領域については調査し終わったかな?」
「……たしかに、そうだな」
「行けるところ、けっこう、少なかった、ね」
「しゃーなし」
1階のホール部分と、俺たちがいる地下の空間。
その二つをつなぐ階段と通路。
現状で俺たちが探索できるのは、それらだけだった。
上階への階段が崩落していたのが痛手だな。
「だが、新たに分かったこともあった。
より詳しく調査するべきものもあった」
そういえば、モンターナは上の階で見たプレートを調べたそうにしていたな。
俺もポータルまわりをもうちょっと調べてみたい。
行ける場所は少ないが、見るべきものは多くある。
それらの調査に取り掛かる前に、現状を整理し、意見を擦り合わせておくのがいいだろう。
「……というわけで。
それらを調査する前に、ここらで一つ、第2次シンキングタイムと行こうじゃないか」
「おっ、いいね」
「んっ」
カノンも、なにやら気に掛かっていることがあるような表情をしていたからな。
モンターナがいいタイミングで思考時間を取ってくれた。
そうしてモンターナは、いつかと同じ問いを口にする。
「……この建物、いったいなんだと思う?」
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