束の間の休息

 昨夜、俺たちが余裕がなかったときに送られてきたという、モンターナからのメッセージ。

 そこに書かれていたのは。


『ごきげんよう、フーガ、カノン。

 ワンダラーとしての君たちの力を借りたい。

 明日、木曜日の夜は空いているかな?

 もしよければ、一緒に冒険に行こう』



 どうやら。

 昨夜から続く、俺たちの永い一日は、

 まだ、終わらないらしい。



 *────



「……。」

「ちょっと、不思議な言い方?」

「カノンもそう思うか」


 一緒に冒険に行こう、はいい。嬉しいお誘いだ。だが。


「『ワンダラーとしての』……?」


 それって、どういう意味だ?


「フーガくん、どうする?」

「どうせ仕事はこのまま全休するつもりだったから、行けるには行けるぞ。

 カノンこそ、どうだ。疲れてるんじゃないか?」

「わたし、いま、人生でいちばん元気ある、かも」


 安眠できたようでなによりだ。

 だが、現実の身体はどうだろう。

 俺も……流石にちょっと休みたい、が……、


「今夜ってことは……いまから8時間くらいは休めるんだよな」


 そんだけ休めれば十分だ。

 昼夜逆転するけど、いまから一眠りすればちょうどベストコンディションだろう。


「カノンはどうする、誘いに乗るか? ちょっと怪しいけど」


 ワンダラーとしての、とか。

 力を借りたい、とか。

 なんか不穏な気配がひしひしと伝わってくる。

 でも、モンターナが敢えてそういう言い方をすることで、俺たちを誘っているということもわかる。


「……フーガくんが行くなら、行きたい」

「俺は行きたいな。だって、あのモンターナのお誘いだぜ?

 誰が断わるっていうんだよ」


『犬』の最強ツアリストでもあったモンターナの誘いだ。

 たぶん、なにかものすごいものを見つけたにちがいない。

 もしかすると、あのセドナの果ての光景以上の、なにかを。


「じゃあ、わたしも行きたい」

「おっけー。じゃ、ちょっと返信遅れちゃったけど返事しとこうか。

 今日の夕飯食った後、午後8時に……モンターナが作った、橋のところで、と」


 モンターナに、了承のメッセージを送る。

 返事が遅れてしまったから、もしかするとモンターナは今日の夜まで気づかないかもしれないが。

 それならそれで、また日を改めればいいだけだろう。

 探検するなら昼時間のほうが良いだろうから、その場合は明後日になるかな。


「じゃあ、カノン。今日はここで解散して、また……夜の7時にここで逢おう。

 ダイブインするときにメッセージ送るから、なんだったらそれを見てから来てくれ」

「んっ、わかった。……フーガくん、ゆっくり、休んでね?」

「ん、そうする。カノンもな」


 ダイブアウトの手続きのため、仮想端末を起動。

 確認ボタンを押下する、まえに――カノンを見る。


「カノン、も――」

「――んっ」


 ふわっ、と。

 少し甘い、彼女の髪の匂い。


 胸もとに感じる、彼女の熱。

 背中に回される、彼女の腕。

 その表情は――俺からは、見えない。

 俺に見えるのは、彼女の艶やかな黒い髪だけ。


「……なで、て」

「ん」


 彼女の黒髪を、やわらかくくしけずる。

 洗浄室で洗われたばかりの、彼女の髪からは、

 かすかに、いい匂いがする。

 そのにおいのもとは、なにかはわからないけれど。


「……。」

「んっ――ありがと」

「もう、いいのか?」

「しばらくは、だいじょうぶ」


 しばらく、か。

 ならば、早めに戻って来ないとな。


「じゃあ、またここで。カノン」

「うんっ、ありがとう、フーガくんっ!」


 最後に、安らいだ微笑みを見て、

 俺は、この世界から離脱する。



 そして、意識は暗転する。



 *────




 そして――現実に帰還する。


 明かりの点いていない、見慣れたアパートの一室。

 しかし、窓から差し込む光で、部屋のなかは明るい。

 時計を見れば、もう正午を回っている。

 今日は9月5日木曜日。

 平日の――正午だ。


(――あー、なんとか、なったぁ……)


 ニューロノーツを取り外し、よろよろと寝台に突っ伏す。


 脳が、もう、限界だ。


 カノンには俺も眠ったように言ったが、昨夜からここまで、実はほとんど眠れていない。

 うでの中のカノンが、なにかの拍子にまた破綻したり。

 あるいは、俺が眠ることで、あの世界からダイブアウトし、カノンの前から消えることになるのではないかと思うと、とても熟睡する気にはなれなかった。

 仮眠のように意識を落としつつではあったが。

 なにか異変が起きたなら即座に対応できるよう、つねに気は張っておきたかったのだ。


 だが――いつまでも気を張ってはいられない。

 カノンの様子が一時的にでも落ち着いたようであるならば、いまは休息のとき。

 いつまでも、眠らないままではいられない。

 それに今日の夜の、モンターナのお誘いもある。

 ここから6時間の睡眠で、リセットしよう。

 6時間も寝られれば余裕で回復するはずだ。十分すぎる。


(……っと、その前に、やることやっとかないとな)


 ふらふらしながらも、

 いくつかの簡易食品で身体に栄養素を叩き込む。

 仕事の同僚には再度の連絡と謝罪を。

 風呂は……起きた後でいいか。


 そして、カノンへの連絡。



『To:カノン(『ワンダリング・ワンダラーズ!!』)

 件名:おやすみ。と連絡先

 内容:今日は午後七時にダイブインする予定。

    なにかあったらいつでも下の連絡先まで。

    おやすみ、カノン。

    ……               』


 最低限の体裁を整え、伝えるべきことを伝え。

 連絡先を載せて、カノンに送信して。

 送信されたのを確認して、そして――


 だめだ、もう、限界だ。

 歯を、みが――


 まぁ、いいか――



 こんどこそ、ほんとうに、


 あと、ごじか――




 *────




 明かりの消えている、その小さな窓を。


 わたしは、じっと見ていた。


 ただ、じっと、見つめていた。



 明かりは消えているけれど。


 それでも、わたしは知っているから。


 そこに、消えないともしびがあることを。





 ありがとう。


 おやすみなさい、ふーがくん。





 ……。


 …………。


 …………ちゃんと、ねむれない、かも……。

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