衣類スタンドを作ろう
「じゃあ、引き続きいろいろ作っていこうか」
「うんっ」
夕飯休憩を挟んで惑星カレドに帰還。
現実時刻でも夜9時といったところ。セドナの時刻も真夜中近くだ。
「衣食住のうち、衣は今のところ喫緊の問題はなくなった。
食に関しては素材が塩と生食用葉っぱしかないのでこちらも保留。
ってなわけで……いよいよ、住環境の改善を行っていくぞ」
「家具とか、道具とか、だよね」
「そうだ。前にカノンが勧めてくれた椅子も作りたいな」
「じゃあ、椅子から作る?」
「……その前に、先に衣類スタンド作らないか?
さっき作ったコート、既に置き場所に困ってるし」
「たし、かに。じゃあ、スタンドから作ろっか」
今は脱出ポッドに最初から設えられている、硬質な椅子……もとい、惑星への着陸時に搭乗者の身体を固定しておくための場所に、二人分のコートをごちゃっと載せてある。
この脱出ポッド、床の上に直置きしたくないものの置き場所がどこにもないのだ。
せいぜい、俺がいつももたれかかっている来客用の腰掛けハードルに掛けるくらい。
製造装置を起動して、生活用品カテゴリから家具を選択。
……うん、木材が使えるようになったことで、さまざまな家具が解禁されている。
100種類どころの騒ぎではないよなこれ。
流石に目で追っていくのが大変……と思っていたら、画面端っこのツールバーから生成物の名称指定検索ができるようだ。
これに気づいていれば、塩の分類で悩むことはなかったかな。
「衣類スタンド」と検索しようとして、ふと小さな疑問。
「なぁカノン。衣類スタンドと
「えっ。えもんかけって、ハンガーのこと、だよね?」
「……ああ、そうか。現代だとフックが付いたあれになるのか」
現代におけるえもんかけの定義ってなかなか難儀なことになってるよな。
もともとのえもんかけって、たぶん和風家具を指している。
覆いをつける前の
だから衣紋掛けといえば本来は、ハンガーに通した服をかけるための家具を指す。
だが、現代でえもんかけと言った時は、おおむねハンガーを指すだろう。
俺たちが求めているのは、コートを引っかけて置ける自立スタンドの方だから……
「『ポールスタンド』でいいか」
「『ハンガーラック』とかは、だめ?」
「そうなると、物干しみたいな、横に長いタイプのが出てきそうじゃないか?」
駄目だ、あの辺の名称の対応関係がわからない。
ええい、検索する前にあれこれ考えるより試したほうが早い。
「ハンガーラック、と……」
「あ、横に長いのと、……縦に棒を立てたのもある、ね。
フーガくんの言うポールスタンドって、これだよね」
「おっ、そうそう、これが作りたかったんだ。だけど、これもハンガーラックなのか……」
俺が作りたかったポールスタンドとは、縦に長い棒が立っていて、そこから針葉樹の枝のように棒状の突起がいくつか突き出している形のものだ。
この棒状の突起に、ハンガーのフックをかけることができる。
これなら脱出ポッドのスペースを圧迫せず、多くの衣類を掛けておけるだろう。
掛けた衣服同士が接触するので、雨に濡れたコートを掛けたりするのには向かないが……さいわい俺たちには洗浄室があるからな。
濡れた衣服や汚れた衣服は即洗浄室に放り込んで、洗ったものを掛けるようにすれば問題ない。
しかし、ラックって棚って意味だと思っていたが……。
これに関しては、ラックという英語に対する俺の語義理解が間違っていたかもしれない。
ラックには「台」とか「置き場所」みたいな意味もあるのかもな。
それだけじゃなくて、名称に対する俺の認識の仕方の誤りもあった。
考えてみれば、ポールスタンドは形状を指した名前で、ハンガーラックは役割を指した名前だ。
いま参考図に表示されているこの物体は、ハンガーラックとして使用するポールスタンドである、というのが正しい認識の仕方なのかもしれない。
なんか余計な思考の回り道をしてしまった。
カノンのおかげで作りたいものも見つかったわけだし、さっそく作るとしよう。
「これ作ってみようと思うけど、カノンもいい?」
「んっ。作って、みよ」
ではいろいろ決めていこう。
素材はカオリマツの原木。
高さは……低すぎると掛けた服の裾が擦ってしまうが、高すぎるとカノンが使いにくいと思うのでいい塩梅で。
ハンガーを掛けるための突起の数は、とりあえず8つくらいでいいだろう。
足元は、軽すぎると頻繁に倒れてストレスが溜まりそうなのでちょっと重めに……
台座の裏面には滑り止めとしてカオリマツの樹脂を……
「……フーガくんって」
「……ん。なに、カノン?」
「けっこう凝り性、だよね」
そうかもしれん。
なんというか、弄れる部分は自分で弄ったほうがいいんじゃないかと思ってしまう。
全部が全部って訳じゃないんだけどな。
凝りたい対象は、大事に使いたいものだけだ。
「カノンも、なにか要望があったらどんどん言ってくれよ?」
「んっ、ありがと。じゃあ、――」
カノンの要望も取り入れつつ、細部を詰めていく。
そして――
「……よし、おっけー。ではこの仕様で作るぞー」
「けっこう大きい、よね?」
「んむ。これは側面の取り出し口から取り出すにしてもでかすぎるな。
……どうやって出てくるんだろうな?」
完成予想図を見るに、高さは1.5mほどある。
塩を取り出したときの装置前面の取り出し口からはもちろん、衣服を作ったときの装置側面の開口部から取り出すにしても、このスタンドは大きすぎる気がする。
この問題は、今後椅子やテーブルを作るときにも気になるところだが……。
パーツとしてバラバラに出てきて、そこからはプレイヤーが組み立てる、とかだろうか。
まあそれも作ってみればわかるだろう。
ではポチっと。
……。
ウィーン――――
シュルシュルシュル――――
「えっ、なに、この音」
「なにかが、擦られてる音?」
「……あっ、もしかして原木の皮が剥かれてるとか」
「ありそう、かも」
シュッ コォ――――
「続いてなにやらドライヤーのような音が聞こえてきましたが」
「乾かして、る?」
「生木のままではアカンのかもしれん」
……。
パッ。
『製造が完了しました。生成物のサイズが一定値を超えているため、
生成物は圧縮ストレージ内に生成されています。』
「そう来たか……」
「たしかに、できてもおかしくない、かな?」
なるほど、製造装置稼働中はプレイヤーが圧縮ストレージ内部を確認できないという仕様をうまいこと突いてきた。
これなら確かに現実的な範囲で理解・納得できる。
それに、それができるなら当然そっちの方がいい。
小分けしたパーツで出されるよりもプレイヤーの手間が少ないだろう。
家具によってはバラバラのパーツで出せないこともあるだろうし、完成物をそのまま出してくれるというのなら、それに越したことはないのだ。
「よし、確認してみようか」
圧縮ストレージの扉をオープン。すると、
「おお。中央に初見の物体が」
「これが、ポールスタンド、だよね?」
部屋の中央には、先ほど製造装置で俺たちがデザインした木製のポールスタンドが鎮座している。
高さ1.5mほどのまっすぐな木の棒が、足元の台座に支えられて直立している。
直径4cmほどの木の棒からは、直径1.5cmほどの棒が突起している。
ここにハンガーを掛ける形だ。
その他の仕上がりも3Ⅾモデリングで指定した通り。
近づいて実際に触れてみれば、
「木材のいい香りがするな。あと……ほんのり温かい。そして、軽い」
「乾燥させてある、のかな?」
生木は、含みこんだ水分の関係で重い。
この圧縮ストレージ内に運び込む際もかなり苦労した。
だがこの木製スタンドは、市販の木製家具のような軽さがある。
素材の原木から、ある程度水分を飛ばされているのだろう。
「製造装置先生、気が利くな」
「んっ。いい感じ、だね?」
よーし、ではこれを脱出ポッド内に設置するぞー。
ポールスタンドを持ち、圧縮ストレージを出ようとしたタイミングで、ふと気づく。
あれ、これ、もしも圧縮ストレージの扉部分よりも大きなものを作ったらどうなるんだろう。
この部屋から取り出せなくないか……?
あるいはもっと大きな、圧縮ストレージ内部の空間よりも大きなものを作ったら……?
だが、製造装置先生がそんなうっかりミスを許すとも思えない。
そのときはそのときで、なにかしらうまい手立てがあるのだろう。
ここまでの時点で俺の中には、製造装置に対する全幅の信頼感が育まれているからな。
圧縮ストレージから取り出したポールスタンドを、脱出ポッドの出入り口のハッチの横に建てる。
白亜一色の脱出ポッド内に建つ、淡い黄褐色の肌地の木製スタンド。
メカニカルな背景には少々不似合いではあるが、その家具としての出来自体は、
「どう?」
「いい感じ、じゃない?」
初めての家具。
それは衣類を掛けておくためのポールスタンドと相成った。
必要は発明の母。戦争は技術革新の原動機。
人間はなにかを足りないと思うときそれを作ろうとするのだな。
「よーしよし、じゃあ続いてハンガーも作るぞ」
「枝の太いところから、切り出してつくる、のかな?」
「細い枝を組み合わせて丁字型にしても――」
*────
と、そんなこんなでハンガーについても。
「できたー」
「いい感じ、かも」
カオリマツの原木を素材に、とりあえず6つほどハンガーを作ってみた。
フック部分も当然木製。そこに、肩の曲線になるように2本の細い木の棒が接着されている形。
これで十分ハンガーとしての役割は果たせるだろう。
「じゃ、せっかく作ったし掛けてみるか」
「ん。……はい、フーガくんのコート」
「ありがと。……うん、問題なくハンガーとして使えそうだな」
作ったばかりのハンガーに、これまた先ほど作ったばかりのレザーコートを掛ける。
フックの部分を持っても、コートがずり落ちたりはしない。うん、角度よし。
それを、またまた作ったばかりのポールスタンドに掛ける。
おお、途端に生活感が……。
「わたしのも、掛けてみるね」
「ん? いいぞ」
カノンも、俺のものより少しだけ丈の短い自分のコートをポールスタンドに掛ける。
スタンドの形状上、どうしても俺のコートと接触してしまうが、これで仕様通りだ。
……うん、だいたい問題なさそうだな。
コートの重みでスタンドが揺れたり、コートの裾が床面に触れたりはしていない。
「……。」
傍らに目をやると、カノンがポールスタンドをじっと見つめている。
俺とカノンのコートが掛かった、手作りのハンガーラック。
たしかに、このすべてを俺たちが一から作ったと考えると、ちょっと感慨深いものがあるな。
「いい感じだな」
「……。うん。なんか、……しあわせな、感じ」
「自分で素材の原木採取して、自分でデザインして作ったんだもんな」
「えっ。……あっ、……えっと、ぃゃ、……んぅ……」
「うん?」
あれ。カノンはなんかちがうこと考えてたっぽい?
プラスベクトルの印象であるのはまちがいないだろうから、詮索はいいか。
「これからは外行くときは、ここにカノンの普段着も掛けておけるな」
「……うんっ。ありがとう、フーガくん」
これからも衣服は増やしていくだろうし、ハンガーラックの製作はほぼ必須だったな。
箪笥やクローゼットは、現状では流石に木材もスペースも食いすぎるだろうし、ポールスタンドは序盤の家具としてはうってつけだろう。
はじめての家具として、なかなかいい選択になったのではないか。
「……ぃよし。ポールスタンドとハンガーはいい感じに完成だ。
さっそく次行こう、次」
「んっ!次は、なに作る?」
「椅子行ってみようか。
完成品が出てくるというなら、かなりハードルが下がった気がする」
ポールスタンドを作るまでは、椅子などの巨大な家具類は、製造装置の取り出し口からバラバラのパーツの状態で出てきて、プレイヤーがそれを組み立てるものだと思っていた。
そうでもないと、製造装置から取り出せないからな。
それなら少々時間も掛かるなと思っていたのだが、そのまま出てくるなら話は別だ。
プレイヤーが頑張るのは、3Ⅾモデリングでいろいろ決めるところまで、ということになる。
細部にこだわらないなら、3Ⅾモデリングを使う必要もない。
素材となる木材さえ集めてくれば、ちゃんと機能する椅子が作れる、ということだ。
クリエイティブな作業が苦手なプレイヤーも安心だろう。
というわけで、次は椅子を作ろうか。
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