日時計、一日目の終わり

 お隣さんであるマキノさんへのご挨拶を終えて、カノンの拠点に戻ってきた俺たちの、目の前にあるもの。

 カノンの視線の先にある、地面に突き刺さったなんの変哲もない棒。

 はじめてカノンの拠点に案内してもらった時に立てておいたそれは、即席の日時計だ。


「……日が照っててくれて助かったな。曇るとわかんなくなっちゃうし」

「データ、取れそう? あれから……4時間くらい、経ってる、よね」


 空を行く恒星に合わせて傾けてあるわけではないため、この日時計からでは正確なデータはわからないだろう。

 だが、おおまかな予測は立てることができる。


 地球上でこのような日時計を作った場合、その影は一時間に概ね15度動くはずだ。

 俺がこの日時計の影をなぞったのはちょうど20時頃だったから、あれから4時間。

 この惑星カレドの自転速度が地球と同じなら、影は空の恒星の動きと反対方向に60度ほど動いているはず。

 それならば、この惑星と地球の1日は同じ長さということになる。


 さて、この惑星カレドのセドナにおいてはというと――


「……やっぱり、な」

「あんまり、動いて、ない、ね?」

「ああ、たぶん……30度くらいしか、動いてない」


 明らかに、日が長い。

 それも緯度が高いとか白夜とかそういう話ではなくて、1日の巡りが地球のそれより遅い。

 地球の時間基準で言えば、この惑星カレドの1日は48時間程度あることになる。

 地球で2日経つ間に、こちらでは1日しか進んでいない。


 これが意味するのは、この惑星の自転の速度が地球のちょうど半分くらいだということ。

 一言で言えば、この世界では昼も夜も2倍のだ。

 たとえば日の出から日の入りまでの日中が26時間あり、

 日の入りから日の出までの夜が22時間続く、といったように。


 そしてこれは、『犬』でも同じ仕様であった。

 俺がこの日時計を設置する際に「念のため確認」と言っていたのはそういうことだ。

『犬2』でもそんな日の巡り方をするのかを、確認しておきたかったのだ。



 *────



 なぜ惑星カレドの1日は「長い」のか。

 これはもちろんこの惑星をそのような環境に整えた開発部にしかわからないことだ。

 だからこれから話すのは、単なる俺の推測、妄想の類。


 4つほど、いろいろな方面から考察してみた「それらしい理由」があるんだが……それはややこしいのですべて飛ばそう。

 それらの考察はすべて、この世界が一つの惑星をシミュレートしている現実準拠のサバイバルゲームであるということに起因するんだが――まあ、ざっくり省略する。

 ゆえに結論だけ言おう。


 この世界の一日が長い理由。

 それはし、からだと思う。

 このゲームの理念コンセプトを活かすためには、そうするのがもっとも良いのだろう。

 またこの仕様は、各プレイヤーごとの活動時刻を少なくとも2か所以上にずらすことにもつながっている。

 毎日同じ時間にこのゲームをプレイするプレイヤーであっても、この星のちがう時間を味わうことができる。


 まとめすぎてわけがわからんって?

 うん、まあ……推測の部分をすっ飛ばしてるから……。

 それぞれについては、おいおい話すこともあるだろう。


 とにかく、この惑星カレドの1日は現実よりも2倍長い。

 ゆえに現実で1日後の同じ時間にダイブインすると、ゲーム内では昼夜をそっくり逆転させた時刻になっている。

 それだけわかっていればいい。


 ……あ、そうそう。

 大事なことを言い忘れていた。


「夜なんか長くされたって、まともに遊べる時間が減るだけだ!」という声にお応えしてのことかどうかは知らないが、このゲームには【夜目】と呼ばれる技能が存在している。

【夜目】は、ほぼすべてのプレイヤーが身に着けることになるであろう必須技能の一つだ。

 それさえあれば夜の暗闇でも結構見えるようになる。

 夜の野外探索中は技能スロットが1個潰れるもんだと思っておけばいい。


 夜は単に引きこもる時間ではない。

 それどころか、昼とは違った美しい景色が見られることもある。

 新しい資源の発見、新しい生命との出逢いもあるだろう。

 昼のものとは違う、惑星カレドのもう一つの姿。そんな感じだな。


 だから怖がらずに外に出ようねぇ……。

 大丈夫だって、ちょっと夜行性の先住種とかが動き出すだけだからさぁ……。

 暗闇の中で崖から滑り落ちるのは怖いぞぉ……。



 *────



「えーと、俺たちの時間感覚に合わせて、こっちの一日を48時間とするか。

 それとも逆のほうが良いか? こっちの時計の進みを半分にする。

 日時計に倣うなら後者がいいかな? 直感的に理解しやすいし」

「よくわかんない、けど。『犬』と同じで、いいんじゃない、かな?」

「……ん、じゃあ後者だな。

 こっちでは、現実と比べて時計の進みが半分だということにしよう。

 基準は……JSTでいいよな? ほかのを選ぶ理由もないし。

 んで、棒の長さと影の長さ、角度……は考えるまでもないか。

 この惑星カレドのセドナの現在時刻は、現在おおよそ12時だ。

 つまり、セドナはいま正午だな。

 空に見えるあの恒星は、今一番高い位置にあるってことだ。

 そして俺たちが今から現実で8時間眠って、次にこっちに来ると、こっちの時刻は16時頃ってことになる」


 厳密に言えばこの言い方は誤りだ。

 この世界の時の流れが遅いわけではないのだから。

 現実で8時間過ごせば、こちらでも8時間経過している。

 ただし、こちらでも1日24時間というタイムスケールで理解しようとするとそうなるという話だ。


「なんか、ぴったり?

 いま、そと、ちょうど0時ごろ、だよね?」

「そこはたぶん単なる偶然だがな。十数分の誤差があっても気づけないし。

 それに経度がちがう別の着陸座標では朝だったり夕方だったりするはずだ」


 仮に俺たちの着陸座標が同じ大陸に集中しているとかだったら、全体としての時差はプラスマイナス数時間で収まるかもしれないけれど。

 しかし……この現在時刻は納得だな。

 セドナの時刻が「キリがいい」のも、完全な偶然というわけではないのかもしれない。


 この仮想世界が活性化アクティベートされたのが、このゲームのサービス稼働開始日である現実時刻8月30日12時だと仮定して、その時点でのこの惑星カレドのそれぞれの着陸地点の時刻を平均6時前後になるようにしておけば、初日開始のプレイヤーたちは、惑星カレドに概ね午前中に着陸することになるだろう。

 各地点での時差がだいたい6時間に収まるならば、大方のプレイヤーは少なくとも昼日中に着陸できることになる。

 着陸したらいきなり夜とか、最初からクライマックスだろうしなぁ。

 672の着陸座標のうち、端っこの方の座標の人はすごそうだな。

 逆にセドナはまんなかの方、「現実との時差」を計算しやすい時刻を引き当てているのかもしれない。


(……。)


「……セドナ。ねぇ」

「フーガ、くん?」

「うん? あっ、と。ごめんカノン。また思考がソラに」

「フーガくんって、話してるとき、たまに、焦点が合わなくなる、よね?」

「ごっ、ごめん……。なんかいろいろ、いらんこと考えちゃって」

「ううん、いい、よ? なにか考えてるの、わかるし。

 わたしは、あんまり、そういうの、あたま、回らないから」


 人と話してるときに要らんこと考え始めるのは俺の明らかな悪癖だ。

 現実だとそんなことは早々ないと思うんだが……。

 この世界は、あまりにも俺の興味を引きすぎる。

 元検証勢の血が騒ぐというか、考察したいことだらけで困る。


「さてさて、野暮用も無事に終わったし、あらためて。

 今日はこの辺りでひと段落つけようか」


 そうして俺はカノンに向き直る。


 はじめてのフルダイブ。

 フーガとの再会。

 はじめてのテレポバグ。

 はじめてのデス

 カノンとの再会。

 マキノさんとの出逢い。


 わずか数時間でいろいろありすぎた。密度が濃すぎる。

 俺の老朽化しつつある脳もそろそろ休めてやりたい。


「ん、そう、だねっ……。……、あの、その」


 カノンがなにかを言い淀む。

 これはこちらから言うべきことかな。


「……ん、そうだな。

 明日も一緒にやる? せっかく合流できたしな」

「……ぅ、んっ。……でもっ、えと、そうじゃ、なくて……」


 おや、違ったか。

 タイミングからして、そういう類の言い淀みだと思ったのだけど。

 カノンの胸中がわからないので、素直にカノンの言葉を待つ。


 そうして待っていると、意を決したようにカノンが言う。


「あ、の、……フーガくん。……。

 ――ありがとう、ね。 今日―― あって、くれて」

「――っ」


 それは、きっと彼女が、俺と出逢うまでずっと懸念していたこと。


 俺が彼女のメッセージを読み解けないかもしれない。

 俺が此処セドナに来ないかもしれない。

 俺が彼女のことを忘れているかもしれない。

 そうした無数の懸念を、きっと俺に逢うまでの彼女は抱いていた。

 だから、きっとそれらに対する「ありがとう」なのだろうと。

 そう思い俺も、彼女に言葉を返す。


「……こちらこそ。俺を誘ってくれてありがと、カノン。

 久々に逢えたのも、こうしてゲームできたのも、ほんと嬉しい。

 その、よければ、……また明日からも、その……よろし、く?」


 なぜそこで疑問形にした。

 へたれかよ。


 でも彼女は、そこに介在する俺の想いが、疑問ではなく提案だと受け取ってくれたようで。

 春の花開くような笑みで、こう返してくれた。


「うんっ。 ……あのっ、明日も、フーガくん。

 待ってるので、あの。 ……いつ、でも」


 そうか。


 ……そう、か。


「……いやいや、カノンにばっかり待たせるわけにはいかないって。

 じゃあお昼、正午あたりからでどう? こっちだと次は夕方ごろかな」

「んっ、だいじょうぶっ。じゃ、じゃあ――」

「ああ、また明日! おやすみ、カノン」

「っ―― はいっ! おやすみなさい、フーガ、くんっ」




 *────




 こうして、激動の俺の一日が終わった。


 たった数時間のそれは、しかし、

 まるでこの惑星の一日のように、随分と長く感じられた。

 それはこの4年で俺が過ごした歳月のうちで、

 紛れもなく、もっとも密度の濃い時間であったに違いない。


 そしてその密度は、きっとこれから、もっと高くなるだろうと、

 そんな予感がする。


 確かな予感とともに、部屋の明かりを―― 消す。


 ああ、明日からも―― 楽しみ、だな――






 *────






 光の消えた窓。


   は、それを、じっと見ていた。


 いつものように。







────────────




ここまでお読みいただきありがとうございます。


ようやく一章……ではなく、1日目が終わりまして。

随分のんびりとした進行ですが、その分毎日の更新で補って行こうかと思います。

よろしければ今後とも、デイリー感覚でお付き合い頂ければ幸いです。

ご意見・ご感想・評価など、お待ちしております!


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*──



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