雪に閉じ 12

「入ってみよう」


 セウラザは静かに言うと、みすぼらしい木戸に向かって歩いていった。

 あわててメリーが後につづき、ラトスもそれに従った。伸び放題の雑草をかき分け、踏みつけながら進む。ふり返ってみると、踏みつけられた雑草は何事も無かったかのように元にもどっていた。不思議に思ったラトスは、今度はよく手入れされた花壇に手を伸ばそうとした。するとラトスの手に反応するかのように、花がかすかにゆれた。枝葉が伸びてきて、ラトスの手に寄り添うように自らふれてくる。その様子は奇妙だったが、不思議と嫌な気分にはならなかった。


 三人が木戸の前に立つと、セウラザは木戸を三度たたいた。

 しばらく待ったが、中から返事はない。


「誰もいないのでしょうか……」

「雪に埋まっていたしな」

「仕方がない。勝手に入るとしよう。いいな?」


 木戸に手をかけながら、セウラザが確認を求める。ラトスとメリーはすぐにうなずいた。

 ここまでして、入らない選択肢はない。それに、三人の身体は冷え切っていた。セウラザは平気そうにしていたが、一番身体を冷やしているはずだった。金属製の甲冑を着ていて、冷えないはずがない。メリーは少し前から何度も身体をさすって、小刻みにふるえている。ラトスは革靴の底から伝わってくる冷気のために、足首から下の感覚がほとんどなくなっていた。


 セウラザが木戸を押す。

 錠はかかっていないらしい。少し押しただけで、木戸はキイと音をたてて開いた。

 

 屋内は明かりが灯っていないようで、薄暗かった。

 開いた木戸の隙間から差しこんだ光だけが、足元をわずかに照らしている。そこにセウラザは足を踏み入れた。ふわりと埃が立ちあがり、踏みこまれた足にまとわりつくようにゆれる。


「……ふむ」


 先に入ったセウラザが屋内を見回すと、何かを感じたらしく、短く声をこぼした。

 どうしたのかと思って、メリーとラトスも中に入ったが、すぐに理由は分かった。

 三人が入った屋内は、小さな家に収まるような広さではなかった。二倍、三倍どころではなく、二十倍か、三十倍は外観よりも広い。

 床面は埃こそ積もっていたが、磨かれた大理石が全面に敷き詰められていた。壁や柱は白を基調に上品な細工がほどこされていて、等間隔に大きな窓がならんでいる。窓から外を見てみると、先ほどまでいた雪原が広がっていた。なぜか、外の光は屋内にほとんど入ってこないようだった。多くの窓があるにもかかわらず、屋内は薄暗い状態を保っていた。

 木戸から入って正面には、大理石が敷き詰められた広場があった。その先には、幅の広い階段が見えた。階段はずいぶん高いところまで延びていたが、暗闇に溶けていて先は見えなかった。


「ここ、エイスガラフ城の……中、ですね」


 辺りを見回しながら、メリーが小さく言った。


「これが、城の中……か」

「少し違うようなところもある気がしますけど、間違いないです」


 違うようなところがある気がするという感覚は、ラトスにもよく分かるところだった。自身の夢の世界で、城下街や家の中を見回していた時もそうだった。どこか違和感があるのだが、具体的にどこに違和感があるのかははっきり分からなかったのだ。

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