雪に閉じ 11

 ふわりと、風がゆれた。

 銀色の細剣に、風と光が巻き付いていく。

 メリーは、ほそく、長く息を吐いた。かすかに剣先をふるわせ、静かに剣をふり下ろす。剣身に集まっていた風と光が、渦を巻くようにしてゆっくりと前に進みだした。

 光の渦が、降り積もった雪をなで、上空に舞いあげていく。やがて、丘のふもとまで光る渦が進んでいくと、徐々に進行方向を変えて、白い丘を削りはじめた。


「ほう」


 光る渦が丘を削り取っていく様子を見て、セウラザが感心したようにうなった。

 ラトスもセウラザに同調するように目を見開く。

 

 メリーが戦い方を熱心に研鑽しているのは知っていた。

 剣に関しては、事あるごとにラトスとセウラザに反省点を聞きに来るほどだった。悪夢の回廊では、ずっと、次の戦いに生かそうと必死になっていた。魔法の使い方などは分からないので、ラトスは助けになれなかった。セウラザも魔法の類は使えないらしく、概念程度しか説明できないようだった。

 今使っている魔法は、ペルゥが教えたのだろう。

 戦いには協力的ではなかったが、教える分には問題ないと判断したのかもしれない。


 短期間で、これほど魔法を使えるものなのかと、ラトスも感心せざるを得なかった。

 丘の三分の一ほどを削り取った光る渦に、うなり声をあげる。


「すごいな、これは」


 ラトスが声をこぼす。

 彼の前で剣をかまえながら立っているメリーの肩が、ぴくりと動いた。片足を少し上げ、足元の雪をつま先でとんとんと蹴る。

 銀色の細剣は、わずかな光を保って、かすかにゆれる剣先から風を飛ばしているようだった。剣先から飛ぶ風のひとつひとつは、小さく、こまかい。粉雪を小さくゆらしながら、丘を削りつづけている光る渦に運ばれていく。それはまるで、セウラザが無数の刃を操っているときのようだった。


 やがて、白い丘の中から、家の壁らしきものが見えてくる。

 メリーは、丘の上から見えていたものが煙突だと言っていた。もしかすると、現の世界で見たことがある家だったのかもしれない。


「これぐらいで、いいでしょうか?」


 メリーは光る渦を霧散させて、銀色の細剣を鞘に納めた。

 見ると、削られた雪の丘から、家の壁らしきものと小さな木戸が現れていた。

 できればもう少し雪を吹き飛ばしてほしいところだったが、光る渦が家の壁まで削ってしまったら目も当てられない。ラトスは、メリーに向かって大きくうなずく。彼女は両手をにぎり、跳ねるように喜んだ。


「役に立ててよかったです」

「いや。十分だ。助かった」

「……本当に?」

「本当だが?」


 ラトスが真面目な顔で返事すると、メリーは言葉を詰まらせた。

 予想していた返答とは違ったのだろうか。彼女はうつむきながらぶつぶつと何かつぶやいたかと思うと、長く長く息を吐きだした。


「どうしたんだ」

「……いえ。なんでも」


 何でもないという表情ではなかったが、ラトスはそれ以上踏みこまなかった。

 丘の下から姿を現した家に目を向ける。それは小さな家のようだったが、全体的に不自然な造りだった。外壁は綺麗に手入れされた石造りなのに、木戸や木窓はみすぼらしく、くすんでいた。丘の上に見える煙突らしきものは大きく、立派なのだが、小さな家には不釣り合いだった。

 木戸周辺には、庭らしき空間があった。庭は、無造作に雑草が生えたところと、よく手入れされた花壇が混在している。まるで、色々な家の絵を貼り合わせて造ったかのようだとラトスは思った。

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