雪に閉じ 09

 上を見ながら歩きつづけるのは意外と疲れるものだと、ラトスは思った。


 面倒になって、まっすぐ前を向いて歩こうと何度か試みてみたが、それもまた難しかった。変わり映えしない雪原と、上下左右に踊りつづける粉雪のせいで、いつの間にか進む方向がずれていくのだ。しばらく歩くとすぐに雪は深くなり、足が埋もれてしまう。

 結局三人は、空の街を見上げて、歩く方向を修正しつづけた。


 ずいぶん長く歩きつづけたが、辺りには人の姿も、獣の姿も見えなかった。

 空に浮かんでいる逆さまの街には、人が住んでいるのだろうか。ラトスは空をじっと見てみたが、分からなかった。街が高くはなれすぎているのと、舞いつづける粉雪が視界を絶えずさえぎるのだ。目をほそめてみても、逆さまの街に人がいるかどうかはっきりと見ることはできなかった。


「もうすぐ、城の真下だな」


 空を見上げながら、セウラザが静かに言った。

 逆さまにそびえるエイスガラフ城は、本物の城よりも大きく、高いようだった。周囲の建物よりも長く、下に向かって伸びている。三人が城の真下まで来ると、圧倒されるような圧力を感じた。


 そろそろ何か見えるだろうかと、三人は辺りを見回してみた。

 変わり映えしない雪原が四方に広がっている。違いがあるとすれば、先の方に背の低い丘があるだけだった。


「あれは、家……でしょうか?」


 背の低い丘のほうを指差しながら、メリーがこぼすように言った。


「どれだ?」

「ほら、あそこです。少しだけ、黒いというか、茶色いところがありませんか?」


 メリーの指の先を、ラトスは目をほそめてじっと見た。

 言われてみたらそうかもと思うくらいの小さな黒い点が、背の低い丘の上に乗っているような気がする。目をほそめたまま動かないラトスにしびれを切らしたのか。メリーは彼に半歩近付いて、もう一度力強く小さな丘を指差した。


「たぶん、あれは煙突ですよ」

「煙突、か? あれが?」


 メリーの言葉を受けて、ラトスはもう一度黒い点を見た。しかし、煙突かどうかは分からなかった。

 だが、ここまで来たら行ってみるしかない。何もなければ、また空を見上げながら歩き回るだけだ。ラトスは眉をひそめながらメリーにうなずいてみせた。彼女は、任せてくださいと言って、先頭に立って歩きだした。


 小さな丘のふもとまで進むと、メリーが煙突だと言っていた黒い点がはっきりと見えてきた。黒いレンガだった。組み上げられたレンガの壁が、小さな丘の上から突きだしていた。


「……もしかして、家が埋まってるのか?」

「そうかも……?」

「どうするんだ。掘るのか?」

「これを? 手で、ですか?」


 ラトスの提案に、メリーは明らかに嫌そうな顔をした。

 もちろんラトスも嫌だった。だが丘の下に家があるのだとしたら、掘りだす以外に道はない。


「手で掘る必要はないだろう」


 困った顔をして丘を見つめる二人の後ろから、セウラザが声をかけた。


「どうするんだ?」

「吹き飛ばせばいい」

「……なに?」

「メリーの剣で、吹き飛ばせばいいのだ」


 メリーの腰に下がっている銀色の細剣を指差しながら、セウラザは無表情に言った。

 魔法が存在する夢の世界なら、簡単に思いつくことなのだろう。セウラザが無表情なまま首をかしげているのを見て、ラトスはううんとうなり声をあげた。

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