雪に閉じ 08

「あれって、エイスの……城下街ではないですか?」


 メリーの言葉に、ラトスはなるほどとうなずいた。

 宙を舞う粉雪が視界をさえぎるので、全体ははっきりと見えない。だが、逆さまに広がっている街の端には、城壁のようなものが見えた。東西南北に真っ直ぐと延びる大通りもあり、碁盤の目状にしっかりと区画されている。何より、大通りが交わる街の中央には、逆さまにそびえる荘厳なエイスガラフ城があった。


「間違いないな」

「あそこに行けばいいのでしょうか……?」

「まさか。さすがに高すぎる」


 辺りを見回しながら、ラトスは否定した。

 空まで届く山も、塔も、橋も無い。飛んでいく方法があるのなら行けるかもしれないが、少なくとも近くにそのような手段を取れそうなものは見当たらなかった。


「とにかく、歩いて進めそうなところを探していこう。このままだと、凍えてしまう」

「ですね」

「セウラザ。お前なら、どっちに行く?」


 ラトスは、しばらく無言だったセウラザに声をかけた。

 いつも言葉数は少なく無表情な男だが、今はいつも以上に静かな気がする。


「そうだな」


 ラトスの問いかけに、セウラザはすぐ反応した。

 ずっと考え事でもしているのだろうかと思ったが、そうでもないようだった。


「中心に向かうのが、良いのではないか」

「……中心か」


 セウラザの言葉を受けて、真っ白な雪原を見わたす。

 少しの間を置いて、ラトスは無言になった。


 中心とは?

 雪ばかりの真っ白な世界なので、目印になるものも見当たらない。すぐ後ろにある白い転送石も、ここからはなれてしまったら再び見つけるのは難しいだろう。この状況で、中心なるものを探すのは無理というものだ。


「おそらく、あれが中心だ」


 左右に首をふるラトスを見かねて、セウラザは彼の肩をたたいた。

 セウラザの手が、空に向く。その指の先には、逆さまにそびえる荘厳なエイスガラフ城があった。


「城、が……?」

「おそらく、だが」

「……なるほど、そうか!」


 セウラザの言葉に、ラトスは跳ねるような声をあげた。


 三人が今立っている場所から、ラトスは空の街を見上げる。

 粉雪が視界をさえぎるので見えづらいが、彼らの真上には逆さまの大きな門があった。エイスの城下街を取り囲む城壁の大門だ。

 空の街が、雲のように流れていく様子はない。意味を持って広がっているように見えた。


「あの空の街は……地図だ」

「地図……?」

「そうだ。多分だが……」


 首をかしげるメリーに、ラトスは大きくうなずいてみせる。

 彼は空に浮かぶ逆さまの街を見上げながら、ゆっくりと雪原を歩きだした。すると今度は、足が深い雪に沈まなかった。どれほど歩いても、足首を越えないほどの雪しか積もっていない。

 雪に埋まらないことを確認した後、ラトスはゆっくりと横に歩いた。すると数歩横にずれただけで、彼の足は膝まで埋まった。ラトスはあわてて雪から足をぬくと、二人にふり返る。


「見ろ。あの空の街の道の真下は、歩けるぞ」


 ラトスは空を指差しながら言う。

 彼は、メリーに向かって手招きしてみせた。彼女は呆けた顔で宙を見上げていた。ラトスの声を聞いて我に返ると、空を見ながら彼に走り寄る。

 メリーの後に続いて、セウラザも雪の上を歩いてくる。ラトスはセウラザを指差すと、さすが俺の分身だと、口の端をあげてみせた。


「なるほど。これなら問題なさそうだ」

「だろう?」 

「すごいです……。これは、私では気付きません」

「いや。メリーさんに、そういうのは期待していないから。大丈夫だ」

「……え」


 ラトスの言葉に、メリーは身体を硬直させた。目を点にして、ラトスに顔を向けたまましばらく停止する。やがて顔面を紅潮させたかと思うと、頬をふくらませて、ラトスをにらみつけた。


「ちょっと、ラトスさん!?」


 メリーはラトスをにらみつけながら、一歩二歩と近付く。

 密接するほど近寄ると、メリーはラトスを下からのぞきこむようにして顔を寄せた。ラトスは上体を後ろに引いて、苦笑いしてみせる。

 内心、無邪気な子供のようだと思った。良くも悪くも、メリーは感情をあまり隠さない。顔を寄せてくるメリーに、ラトスは頭をなでてやりすごそうとしたが、やめた。余計に怒るような気がしたのだ。


「さあ。行こう」


 メリーの後ろから、セウラザが声をかけた。

 目的のためなら空気を読まないセウラザだったが、今だけは良い働きだ。ラトスはせまるメリーから顔をそむけ、セウラザに向かって大きくうなずいてみせた。


「ああ。行こう。」

「えええ……、ちょっと!?」


 はぐらかされたメリーは、顔面を紅潮させたままラトスに食いつこうとする。

 ラトスはメリーの肩を軽くたたくと、さっさと歩きだした。気持ちの行き場を失った彼女は、ううんとうなり声をあげる。両腕を何度か上下にふり回すと、力なくうなだれるのだった。

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