雪に閉じ 02

「やっと、ここまで……」


 メリーは不思議な泉の前まで来ると、膝から崩れ落ち、倒れた。

 飛び跳ねて喜ぶのを想像していたが、自分と同じ気持ちだったのだろうと、ラトスは苦笑いした。ずいぶんといきおいよく倒れたので、あわててペルゥが彼女の頭の近くまで飛んでいく。心配そうに彼女の顔をのぞきこんだ。


「大丈夫? メリー」

「ごめんなさい。ちょっと……足がもつれちゃって」

「頑張ったもんね。すごいよ!」


 ペルゥはそう言いながら、メリーからラトスに視線を移し、にやりと笑った。

 何か言ってやれということなのだろうか。ラトスはペルゥの視線を払いのけるように手をふると、倒れこんだメリーに手を伸ばしてみせた。


「……やったな」

「はい……! やりましたね!」


 差し伸べられた手につかまって、メリーはふらつきながら身体を起こした。

 衣服に付いた黒い塵を、ぱたぱたと払い落とす。メリーの様子を見てペルゥは満足したのか、ふわりと浮きあがって彼女の肩の上に飛び乗った。


「今のうちに扉を開けてもらおう」


 ラトスの後ろから、セウラザの声が聞こえた。

 ふり返ると、不思議な泉のそばでセウラザが辺りを見回していた。

 釣られてラトスも辺りを見回す。周囲には、夢魔の影はなかった。今なら、安全に扉を開くことができるだろう。


「そうだな。行こう。休むにしても、この先のほうがいい」


 ラトスはうなずく。後ろをふり返り、メリーに手招きをした。

 彼女はラトスの手招きに気付くと、小さくうなずいてから、小走りに近寄ってきた。


「メリーとラトスが先に入ってよ。ボクはセウラザと一緒に、後ろを見ているから」


 ペルゥはそう言うと、メリーの肩から飛びあがった。

 弧を描くように、不思議な泉の前まで飛んでいく。泉の淵に降り立つと、小さな前足で水面をたたいた。


 水面をたたいたことで幾重にも広がった波紋が、次第に大きく波を立たせていく。

 泉に広がった大きな波は、徐々に中心に集まりはじめた。どくんと脈打つように、波が中心に沈む。ラトスとメリーが沈んだ部分をのぞきこむと、人の目のようなものが見えた。目はしばらく上下左右を見回す。何度かまたたきをすると、静かに閉じて、泉の底に消えていった。同時に、不思議な泉の中心から水が湧きあがりはじめた。ゆっくりと隆起して、大きな水の球体が水面の上に浮かびあがっていく。


 浮かびあがった水の球体は、表面を波立たせながら水面の上に降りた。

 水の球体の動きに合わせて、不思議な泉の水面は、幾重も波紋を広げる。水の波は、泉を取り囲んでいる石の淵に何度も打ち付けた。


 やがて水の球体が、ゆっくりと凹みはじめた。

 凹んだところは徐々に広がっていく。ついには大きな穴を開けて、球体は大きな水の輪になった。


「じゃあ、先に行く」

「待ってますね」


 ラトスとメリーが、泉の石の淵に足をかける。

 メリーは一度ふり返り、セウラザとペルゥに手をふった。


「ああ。すぐに行く」

「待っててねー!」


 セウラザとペルゥがうなずく。

 彼らの様子を見届けて、最初にラトスが水の輪に飛びこんだ。

 水の輪に張った薄い膜は、ラトスの身体を音もなく吸いこんだ。メリーはラトスが水の輪の反対側に飛びだしていないかどうか、左右に首をふって確認する。間を置いて、メリーは唾を飲みこんだ。石の淵を蹴り、水の輪に飛びこんでいく。


 残ったセウラザとペルゥは、辺りを警戒しながら不思議な泉に近寄った。


「気付いてる?」


 泉のそばまで来てから、ペルゥがセウラザに声をかけた。その声は、いつもの陽気な声色ではなかった。静かで、冷たい声だ。


「何をだ」


 セウラザは足を止め、ふり返った。

 ペルゥは、じっとセウラザの顔をのぞきこむようにして飛んでいた。小さな前足と後ろ足、三本の尻尾をだらりと垂らしている。セウラザをにらむようにしている目だけが、鈍く、力強く、光っていた。


「ラトスのことだよ」

「……ああ」

「あれは、よくない」

「そうだな」

「分かってるなら、いいけど」


 冷たい声でペルゥは言い、目をほそめた。瞳の奥に、鈍い光がゆれている。

 セウラザは、ペルゥの目の光を見て静かにうなずいた。


「あのままだと、ラトスは長く持たない」


 うなずくセウラザを見て、ペルゥはゆっくりと前進する。セウラザの顔の横をとおりすぎながら、冷たい視線を彼に向けた。


 ペルゥの声は、冷たく、重たい。

 セウラザは目をほそめ、泉をじっと見るのだった。

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