影 11

 腰の短剣に手をかけ、ラトスはゆっくりと家の中に入った。


 木窓が全て閉ざされていて、空気が流れていないからだろうか。屋内の空気に息苦しさを感じながら、ラトスは腰の短剣をぬいた。

 鞘からぬき切る瞬間、チンと金属音が鳴った。

 その音が鳴るのと同時に、ラトスはまた一歩、家の中に足を踏み入れた。


 床の木の板が、ギイときしむ。

 その音は、この家に入る前に聞いた、木がきしむような音に似ていた。


 木戸の先には、大小の鞄が、戸口から部屋の奥のほうまで十数ほどならんでいた。それぞれの鞄には、雑多に物が詰めこまれている。柄の長い道具などは、いくつか鞄の口から飛びだしていた。


 鞄がならんでいる壁には、一本の剣がかかっていた。

 その剣は、普通のものより剣身が長い。剣身の幅は、見たことがないほど広かった。ラトスの家には、こんなに大きな剣は飾られていないはずだった。


 奥には、小さなテーブルと椅子がふたつあった。

 その先に、小さな暖炉がある。暖炉の中には、火が入っていた。こぼれでた明かりが、床を濡らすようにチラチラと照らしている。


 その暖炉のそばに、ふたつの人影があった。

 一人は、ラトスと同じくらいの背の高さで、甲冑に身をつつんだ男だった。

 男は、青みがかった黒の長髪で、髪の長さは肩にとどくほどだったが、綺麗に整えられていた。男はじっとこちらに顔を向けて立っていた。


 その隣に寄り添うように、少女が立っていた。


「……シャーニ!?」


 少女を見て、ラトスは思わず大きな声をあげた。

 その大声に、甲冑の男と少女は、身動ぎひとつしなかった。二人とも、まるで人形のようだった。


 甲冑の男に寄り添っている少女は、金色の長い髪が、腰のあたりまで伸びていた。

 金色の髪の間から見える少女の顔が、暗闇の中からじっとラトスに向けられている。その顔、いや、その姿を、ラトスは見間違えるはずがなかった。


 これは、死んだはずの妹、シャーニだ。


 その姿を見て、ラトスは身体の奥底がかすかにふるえだした。斬殺されて、無残な姿になった妹を思い出したのだ。


 生きているはずがない。


 こんなところにいるはずがない。


 この少女の身体には、血も、傷もない。何事も無かったかのように、こうして立っているはずがない。


 身体の奥底のふるえは徐々に大きくなる。

 胸の奥が、にぎりつぶされていくようだ。


 ラトスは、もう一度会いたかったはずの妹の姿を見て、吐き気を感じた。


 直後、ラトスの後ろで、ギイと木のきしむ音がした。メリーが、部屋に入ってきたのだ。屋内の様子を見ながら、ゆっくりとラトスの後ろに寄ってくる。彼女を横目で見て、ラトスはほそく、長く息を吐いた。


 そうだ。

 今は、悩んだり苦しんだりしている時ではない。


 ラトスは湧き上がる感情を噛み殺し、少女から目をそむけて、短剣をにぎり直した。

 甲冑の男をにらむように見て、数歩、ゆっくりと歩み寄る。すると、甲冑の男がゆっくりと頭を横にふった。

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