影 10

 小さな灯りの元まで歩くのに、どれだけ時間がかかっただろうか。


 闇に飲みこまれた自身の姿が、少しだけ見える。暗闇に目が慣れてきたのだろうか。それとも、小さな灯りに照らされはじめているのだろうか。ラトスの手首をつかんでいる力も、心なしか、少し弱くなっていた。


「家、ですか? これ?」


 メリーの声が、隣から聞こえた。

 二人が目指していた小さな灯りは、家の木窓の隙間から、わずかにこぼれでているもののようだった。


「そのようだ」


 メリーの言葉に、うなずきながら応える。

 ラトスはまた一歩ずつ慎重に足を進めて、木窓に近付いた。そのため、木窓に手がふれられるほどまで近付くには、思った以上に時間がかかった。


 ようやく木窓のそばにまで来ると、二人の姿は、暗闇からぬけだしていた。しっかりと、姿形が認識できる。メリーは長く息を吐き、ラトスの手首からほそい手をゆっくりとはなした。そして、恥ずかしそうに頭を下げた。


「はなれたら危なかったからな」


 ラトスは、つかまれていた手をメリーの顔の前まであげて、ひらひらと左右にふってみせた。彼女はその手を目で追いながら、少しだけ表情をゆるませる。助かりましたと言い加えると、もう一度小さく頭を下げた。


 それから二人は、木窓からこぼれる灯りを頼りに辺りを見回した。

 こぼれでている弱々しい明かりは、家の形がある程度分かるほどには、広がっていた。ラトスはしばらく家の形を見ていたが、その目は次第に大きく見開かれていった。


「これは……俺の家だ」


 ラトスは絞るような声を吐きだして、家の外壁に手をかけた。


「ラトスさんの? ここが?」

「そうだ。どうしてここに……?」


 ラトスは外壁をなでながら、ゆっくりと家の周りを歩きだした。メリーもその後に続く。


 ラトスの家はエイスの城下街には無く、少しはなれた村にあったはずだった。

 城下街に住む権利がないわけでない。単純に、静かなところで暮らしたいという願望から郊外に住んでいた。だが、二人の目の前にあるこの小さな家は、何度見てもラトスが暮らしていた家と同じもののようだった。


 壁伝いに家の周りを歩いていた二人は、やがて木戸の前まで来た。

 そこからも、隙間から薄っすらと灯りがこぼれでていた。灯りをじっと見つめながら、ラトスは少し目をほそめた。一歩、後ろに下がる。後ろから付いてきていたメリーを見て、彼女のほうに手のひらを向けた。


「どうしました?」


 メリーは首をかしげてラトスにたずねた。

 ラトスはさらに目をほそめて、口元に人差し指を当てた。静かにするよう、彼女にうながす。察したメリーは、驚いた顔をして肩をすくめた。ラトスと同じように一歩、木戸からはなれる。


 瞬間、木戸の向こう側から小さく音がした。それはおそらく、火が爆ぜる音だった。

 木戸と木窓からこぼれでている灯りが、ほんの少しゆれている。家の中に、暖炉のようなものがあるのだろう。そこから漏れる明かりが、家の木戸や木窓からこぼれでているようだった。

 そして、暖炉の火が爆ぜる音が聞こえる前に、小さな足音と木がきしむような音がしたのをラトスは聞き逃さなかった。


 ラトスは、メリーに手のひらを向けたまま、腰の短剣に左手をかけた。

 それを見てメリーは息を飲みこむと、また一歩、木戸からはなれた。ラトスはメリーが少しはなれたのを確認すると、彼女に向けていた手をゆっくりと水平に旋回させて、木戸のほうに手のひらを向けた。


 半歩、家に近付き、手のひらを木戸にかける。

 木戸に錠はかかっていなかった。手のひらで少し押しただけで、ギイと鈍い音をたてながら少しだけ開いた。


 弱々しい光が、広がった隙間からあふれてくる。

 腰の短剣をにぎる手に、少しだけ湿気を感じたような気がした。

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