影 09

 ラングシーブのギルドをあとにした二人は、とにかく、気が向く方向に足を向けた。


 この、半分だけエイスに似た街のどこかに、セウラザという者がいる。

 藁にもすがる思いとは、こういうことだろうか。長い時間歩き回ってみても検討は付かなかったが、他にできることない。ペルゥが言った「会えるようになっている」という、不確かな言葉を信じるしかなかった。とにかく、気になると思ったものは全部見て、近付いていく。時間がかかりそうだったが、ラトスとメリーは、辺りを見回しながら地道に歩きつづけた。


 そうしているうちに、いつの間にか辺りは暗くなっていた。

 時間が経って、日が暮れてきたのだろうか。そう思ったが、どうやらそうではないらしい。気になる方へ進めば進むほど、暗い場所に進んでいるようだった。


 見上げると、空は夜のように暗くなっていた。その暗さは、夜の闇によるものなのか、分厚くなりすぎた雲の影なのか見分けがつかなくなっていた。


 暗闇のために、足元はほとんど見えない。二人の歩く速度は、徐々に遅くなっていった。頼りになるのは、様々な形をした家の隙間からわずかにこぼれる灯りだけだった。


 そろそろ進んでいくのは難しいかと思いはじめた時、メリーが声もなく前方を指差した。


 何だと思いながら、彼女が指差す先をのぞく。

 そこには、周囲からこぼれる弱々しい灯りが一切とどかない、深い闇が広がっていた。大通りのような、幅が広い道ではない。ただ、何もない空き地に闇が広がっているようだった。広場の上空も、他とは比較にならないほど真っ黒な空が広がっていた。星一つないので、その黒い空は高いのか低いのかまったく分からない。息が詰まるほどの圧迫感が、広場に落ちてきていた。


 闇の広場をじっとのぞいていると、そこには小さな灯りが落ちていた。

 灯りは広場を照らすように広がることなく、ただ小さく、ぽつりと落ちていた。


 ラトスは緊張気味のメリーに声をかけると、はなれないようにゆっくりと真っ暗な広場に足を入れた。


 あまりの暗さに、穴の上を歩いているような感覚におそわれる。

 もし本当に、この広場のどこかに穴があったとしたら、絶対に気付くことなく二人して落ちてしまうに違いない。冗談にもならないことを思いながらラトスは唾を飲みこむと、革靴の底の感覚を一歩ずつ慎重に確かめて歩いた。


 息が乱れていく。

 徐々に自分の身体が闇に飲みこまれて、見えなくなっていく。


 突然、何かがラトスの左手首をつかんだ。

 ビクリと手首をふるわすと、メリーの声が小さく聞こえてきた。手首をつかんだのが、彼女だと分かる。つかまれた手首を見下ろすと、そこにはもう、暗闇の中にぼんやりと腕のような形が見えるだけだった。その腕の先にいるはずのメリーの姿は、ほとんど見えない。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫だと思いますけど、ゆっくり歩いてもらって……いいですか」

「そうしよう」


 ラトスはそう応えると、何かあったらすぐに言ってくれと言い加えて、また慎重に一歩ずつ歩き出した。


 闇の中にある小さな灯りは、歩く速度に合わせて少しずつ近付いているようだった。

 それだけを頼りに進んでいるので、ラトスは内心ほっとする。また一歩、革靴の底の感触を確かめてから、その足に体重を乗せた。


 ラトスの手首を掴んでいるはずのメリーの方向から、荒い息遣いが聞こえる。ラトスは、出来るだけ彼女に声をかけながら歩いた。こんなところで錯乱してどこかに行ってしまったら、見つけだすのは困難だ。メリーもラトスの声にちゃんと反応して、短く応えてきた。しかし、その声は少しふるえていた。

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