影 04

 街道は森を大きく切り開いていて、城門に向かって一直線に伸びていた。


 枝葉に邪魔されることなく見上げることが出来た城門と城壁は、圧倒的なものだった。

 造形は、やはりエイスのものだった。しかし、自分たちの身体が小さくなったのかと思うほどに、城門と城壁は大きく、高かった。遠くから見た時に感じたとおり、やはり、記憶にあるものよりも二倍か三倍の高さはあるだろう。


 二人は、街道を歩いて近付いていった。

 城門の周りには馬車どころか、人一人見当たらなかった。いつもならば、東西南北いずれの城門にも、朝早くから夕方遅くまで馬車と人が行き交っている。衛兵は、せわしなく検閲しているはずだ。だが、その衛兵すら、門の表には見えなかった。奥にひかえているのだろうかと思っていたが、二人が城門の前に立って周囲を見回してみても、どこにも衛兵の姿はなかった。


「休み時間……ですかね?」

「交代なしの休みか?」

「ですよねー」


 城仕えで、王女に仕えているメリーとしては、衛兵が持ち場をはなれているというのは由々しきことなのだろう。険しい表情をして門の外を見回すと、歩調を速めて門内の衛兵詰め所をのぞきに行った。


「誰もいないですね」

「そうか」

「なにか、あったのかも……?」


 険しい表情をしたまま、メリーが言う。

 彼女は、門の奥に見える城下街をのぞくように見た。そこからは、幅広い石畳の大通りが、まっすぐと延びていた。大通りには、馬車が一台も走っていなかった。だが、いくつかの人影が、動いている。大通りの両脇には、古い石造りの建物がならんでいた。それらはやはり、エイスの城下街なのだと思わせた。


「とりあえず中央区画まで行ってみよう。本当に何かあったのなら、そこまで行けば分かるだろう」

「何もなければいいのですけど……そうしましょう」


 そう言って、門をくぐりぬけた二人は、辺りを見回した。

 まっすぐに延びた、石畳の道幅は、馬車三十台はゆうに並走できるほどだった。それほどの広さなのに、道行く人は少ない。いつものにぎやかさは、まったく感じられなかった。


 石畳はところどころ土がかぶっていて、色褪せた雑草が生えていた。

 それはラトスが知る大通りではなく、どちらかといえば、エイスの裏通りのような石畳だった。


 幅が広い大通りに、馬車一台も走っていないのは、寂しい光景だった。

 行き交う人々の表情は、どこか疲れているようにも見える。通りの左右には、古い石造りの建物がならんでいたが、どの建物も少しすすけていた。二人の記憶にあるエイスの城下街の壮麗さは、どこにも無い。


 遠くに目をやると、高い城壁の影が、城下街を飲み込むようにおおっていた。

 よどんだ空の暗さも重なって、街の端のほうは、夜のように薄暗く見える。

 ラトスが見る限り、この城下街は、「天上の国」とまで称賛されているエイスとは、似ても似つかない。どこを見ても、閉塞感と疲労感に満ちていた。


「人の様子も、少し変ですね」

「……まあ、そうだな」


 疲れた顔をしている人々を見ながら、メリーは少し悲しい顔をしていた。

 悲壮感が満ちているように見えるのだろう。


「ここは、たぶん中央区画ですよね」


 メリーは大通りを見回しながら言った。

 確かに位置的には、エイスの中央区画まで二人は歩いてきていた。そこには優雅に歩く紳士も、彩り豊かな衣服をまとった華やかな婦人もいなかった。いつも、エイスの街にひびいていた黄色い声も聞こえてこなかった。むしろ下流区画に住む人々が行き交っているのではないかと、大通りを見回しながらラトスは思った。


「ラトスさんは、あまり気にならないみたいですね」

「……まあな」


 ラトスうなずきながら応えた。

 もちろん、違和感がないわけではなかった。しかし、普段から大通りを闊歩している人々が、王族や貴族、何不自由なく生きている者たちだけということに、ラトスは息苦しさを感じていた。それよりは、目の前に広がっている、一般階級以下の人々が行き交っている光景のほうが、気が楽というものだ。多少の閉塞感や疲労感がただよっていても、下流区画では普通のことだった。


 しかし、メリーはやはり貴族なのだ。

 年下の女性であるからあまり気にとめていなかったが、生きてきた世界が違う。考え方も、感じ方も違うだろう。街の様子と人々の姿を不安そうに見ている彼女に、今更ながらラトスは、身分の違いを痛感した。


 しかし、ラトスにも見過ごせない強い違和感はあった。

 それは、人々と、その人々をのぞきこむメリーの様子だった。

 すれ違う人々が、メリーの姿を見ていないのだ。メリーが大げさに人々の顔をのぞきこんでいるにもかかわらず、行き交う人々は、メリーの姿が見えていないかのように歩いていた。


 そして、それはラトスに対しても、同じようだった。直近の距離ですれ違っても、お互いに身体がふれないように避けはする。だが、こちらを認識して避けているようには見えなかった。


「……無視か?」


 ラトスは小さく声をこぼした。

 だが、意識的な無視ではない。本当に見えていないような無視だった。不思議なのは、お互いの身体がぶつかりそうになると、しっかりと距離を取って避けることだ。その避け方は、人と思って避けるというよりは、障害物を避けるかのような無関心さだった。


「違う国かもしれないな」

「……そうかも、しれないですね」


 二人はその場で立ち尽くし、しばらく街と人々の様子をながめていた。


 もしかすると、ここはエイスの国を模した、別の国なのかもしれない。エイスの国は、諸外国から羨望のまなざしで見られている。似たような城下街を作ろうと考える者がいないとは言い切れないのだ。


 ここが外国ならば、人々が自分たちを無視するのは不思議なことではない。無視の仕方に疑問は残るが、あり得ないことではないとラトスは考えた。だが、そう考えれば考えるほど、見れば見るほどに、ここがエイスの城下街にも見えるのだった。

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