風が呼び 17

「メリーさん、そろそろ行こう」


 メリーとペルゥがいるほうに向かって、ラトスが言う。

 その声にメリーは、右手をあげて返事した。ラトスに走り寄り、先ほどまで彼女の周りを飛んでいる獣にふり返る。

 ペルゥは大げさに前足を広げて、残念そうなそぶりをしていた。


「ペルゥ。ありがとう、助かった」


 ラトスは、フワフワと浮かびながら前足を左右に振っているペルゥに声をかけた。

 ラトスの隣で、メリーが手をふり返している。仕方なく、ラトスも小さくペルに手をあげてみせた。

 別れを惜しまず、ラトスは白い転送塔のほうに向きなおった。なだらかな丘を、登りはじめる。しばらく手をふっていたメリーが、少し遅れて追いかけてきた。


「ラトスさんって、お礼が言えるんですね」

「どういうことだ?」

「いえ。なんでも!」


 メリーは小さく笑う。

 ラトスの顔を一度のぞき込んでから、丘の上の白い塔を見上げた。


 あそこに行けば、また見知らぬ、不思議な場所に行くのだろう。常識が通じない世界を旅するのは、恐ろしいものだ。しかし、それと同じくらい高揚しているものが、ラトスの中にあるようだった。

 視界に色が戻ったからだろうか?

 色が戻っている理由は分からないが、それは、ラトスの心をわずかに晴らしていた。


「ラトスさん。これ、見てください」

「なんだ?」

「ペルゥに貰ったんです」


 メリーは、自分の手をラトスの顔の高さまで上げて、嬉しそうな顔で言った。その手首には、こまやかな装飾がほどこされた銀色の腕輪がはめられていた。


「腕輪?」

「そうです! 魔法の腕輪らしいですよ」

「魔法の?」

『そうだよー!』


 二人が話していると、突然、腕輪から声が聞こえてきた。ラトスはのぞき込んでいた腕輪から、顔を少し引いた。その声はペルゥの声だった。


『付いてはいけないけど、何かあったらこれで会話が出来るんだよ!』


 ペルゥの声がつづく。

 本当は猫のような獣が付いてきているのではないか。そう思って、ラトスはメリーの後ろに首を伸ばしてみた。しかし、どこにも隠れているようには見えない。


「なるほど……?」

「面白いですよね!」

『面白いでしょー!』

「いや。面白くないし、うるさい」

『ええー! そんなー!』


 悲しそうなペルゥの声が聞こえてきた。前足をパタパタと動かして、残念そうにしている姿が目に浮かぶ。

 かわいそうなこと言わないでくださいと、メリーが頬をふくらませてきた。悪いなと、ラトスは両手を上げてみせた。その手を見てメリーは小さく笑うと、ラトスから少しはなれた。おどるように動き、回りだす。自分の手首にはまった腕輪を嬉しそうにながめて、また小さく笑った。


 ペルゥとの会話をそこそこに切り上げ、二人は歩きだした。

 なだらかな丘を、登っていく。


 丘の頂上にある白い塔が、少しずつ近付いてきて、大きく見えはじめる。塔までは当然のように道がなく、ゆるやかな坂道だった。地面には、隙間なく草が生いしげっていて、何度かすべりそうになる。


 頂上に近付くにつれて、白いタイルのようなものが、まばらに地面に敷かれはじめた。タイルは白い塔を中心にして、周囲に這い、広がっているようだった。草と白いタイルが混ざり合った不思議な地面を踏みしめながら、二人は登っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る