風が呼び 03

 妹のことを思い出したからだろうか。


 ラトスは胸元をおさえて、歯を食いしばった。


 奪われたテラズの宝石など、微塵も惜しいとは思わなかった。むしろ妹が気に入り、何度も宝石を見せてほしいというので、外には持ち出さないという条件は付け、惜しげもなくあげてしまったほどだ。


 宝石が欲しかったのなら、それだけ盗めばよかったではないか。

 そう思いながら、ラトスは胸元を押さえる両手を強くにぎった。固い拳にして、冷たい石の床に押し当てる。


 黒い靄は、視界を奪い尽くすほど広がっていた。息苦しさも限界を超えているようで、苦しいのかどうかも分からなくなっていた。

 呼吸しているかどうかも分からないと思っていたところで、突然、身体が前後左右にぐらぐらとゆれた。なんだ? と周りを見回してみた。しかし、視界はほとんど黒く染まっていて、よく見えなかった。



「……トスさん!」


 何かが耳元で聞こえた。


「ラトスさん! 大丈夫ですか!?」


 メリーの声だった。彼女がラトスの身体を何度も強くゆらしていた。


 黒い靄が引いていく。視界が明るくなり、メリーが自分の顔をのぞき込んでいるのが見えた。妹の夢から目が覚めてしばらくした後と同じように、息苦しさもゆっくりと消えていく。そして、何事もなかったように身体が軽くなっていった。


「もう、大丈夫だ」


 ラトスは片手を上げて、メリーの顔の前でひらひらと手をふってみせた。

 彼女はほっとした顔になって、ぺたりと石の床に座り込んだ。


「心配しましたよ」

「ああ……すまない」


 ラトスはそう言うと、ゆっくりと身体を起こして深呼吸をした。

 隣でメリーも長く息を吐いている。吐きだす息の長さだけ心配かけたのだろうと、ラトスはもう一度メリーに謝った。彼女は驚いた顔をして、何度も頭を横にふった。



 しばらく、静かになった。

 ラトスはゆっくりと石室の中を見回した後、光る杭をじっとながめた。


 今は、テラズの宝石のことを思い出しても仕方のないことだ。やらねばならないと決めたことを淡々と進めたほうがいい。そう思いながら、ラトスは両膝に手をついて立ちあがった。それを見て、メリーも跳ねるように立ちあがった。


「ラトスさん、もしかして身体、悪いのですか?」

「いや。悪くない」

「本当ですか? だって、あんなに……」

「本当だ」


 ラトスはメリーの顔を見て、両手を交差させるようにふってみせた。彼女は納得いかないような顔をしたが、それ以上何も言わなかった。

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