森の底 12

「……≪パル・ファクト≫」


 声が地面に吸い込まれる。


 少し時間をおいて、薄っすらとゆらめくように光っていた地面の一点が、突然強く光りだした。その一点は唇の真下で、まるで湧水がふきだしはじめたかのようだった。


 それに呼応するように、ラトスの周囲の地面が、夜空の星のように、ここそこに点々と輝きだす。


 よし、行くぞ。

 ラトスは心の中でつぶやいた。


 光は少しずつ浮き上がり、メリーの時と同じように、ラトスの身体をおおっていく。

 光っているだけで、肌に何かを感じることはなかった。しかしやはり、不思議な現象であることに変わりはない。わずかではあるが、ラトスは恐怖のようなものを覚えずにはいられなかった。


 だが、すでにメリーが消えてしまっている。後戻りはできない。

 ラトスは、ぐっと口をむすび、目を閉じた。


 やがてラトスの身体全体が光につつまれる。ラトスは薄っすらと目を開けてみたが、真っ白な光しか見えなかった。もう一度目を閉じても、真っ白だった。


 次の瞬間、手のひらと、足の裏にあった地面の感覚が消えた。

 浮き上がったのか。地面が消えたのか。それとも自分が光に飲み込まれて消えてしまったのか。何も分からなかった。


 光の中で、ラトスは意識だけが残っていた。

 真っ白で何も見えず、身体の感覚もない。死んだのだろうかと思うほどに、奇妙な感覚だった。


 目が開いているのか閉じているのかは分からないが、様々な色の光が無数に飛び交っているのが見えた。その光の奔流の中に、ラトスの意識は浮かんでいた。


 赤色の光が、上に飛んでいき、緑色の光が、右に走っていった。


 色のある光の中には、何か別の意識があるように感じた。


 目の前を通った光を手に取ろうとして、ラトスは手を伸ばそうとしてみたが、自分の手が何処にあるか分からなかった。ところが、手に取ろうとした光はラトスの意識に近付いてきて、ラトスの意識の周りを何度も飛び回った。


 飛び回っている光は、とても速かったが、光の形はなぜか認識することが出来た。


 光の中には、見知らぬ男がいた。


 見知らぬ男は、悲しそうな顔をしてぼんやりと宙を見ているようだったが、やがてラトスの意識に気付いたらしい。見知らぬ男は、ラトスの意識のほうをのぞくように見てきて、何かを言いたげにしていた。


 なんだ?


 見知らぬ男にたずねようとした瞬間、ラトスの意識が激しくふるえだした。

 そのふるえは、光が強く渦巻いて起こっているようだった。


 やがて光の渦に飲み込まれて、ラトスは本当に、何一つ感じられなくなった。

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