森の底 10
光を目指して、二人は沼のほとりを歩いた。
沼のほとりは驚くほどに草ひとつ生えていないので、少しぬかるんでいた。
足を取られないように歩きながら、ラトスは沼のほうに視線を向ける。そこには星や月の光が反射したものとは別の、淡い光が沈んでいるように見えた。それはとても美しく、この世の光景とは思えないほどのものだった。
「ここでいいだろう」
周囲にくらべ、少し強い光をはなっている地面の上に立つ。
ラトスは辺りを警戒しつつ、メリーを見た。
「ここも、私が?」
「そうだ」
「……はい」
メリーは肩を落としてうなずく。光の強い地面の上に自分も立ち、周りの様子を少しうかがった。それからゆっくりとしゃがみ込んだ。
いきますよ、とメリーが言う。ラトスは短く返事をしてうなずいた。メリーが地面に顔を近付け、小さな声で何かを言った。その声は、隣に立つラトスには聞こえないほど小さい声だった。
「メリーさん……」
「分かってます! 分かってます!」
大きな声でメリーは叫ぶと、頭をかかえて何度も身体を横にふった。意味不明な魔法の言葉を叫ぶのは子供の遊びに似ている。恥ずかしい気持ちになるかもしれなかった。ラトスは察したような顔をして、メリーの肩を小さく叩く。彼女はぴたりと左右に身体をふるのをやめ、あきらめたように静かになった。
「……じゃあ。いきますよ」
「頼む」
そう言うと、メリーはもう一度地面に顔を近付けた。同時にラトスは、沼の周りとそれを囲む森の奥に意識を集中させた。まだ、人の気配らしきものは無い。腰の短剣に手を伸ばし、何一つ見逃すまいと、ラトスは先ほどよりも警戒を強めた。
「……≪パル・ファクト≫!」
メリーは大きな声で叫ぶと、地面に顔を近付けたまま、しばらく動かなかった。
彼女の声は、沼の広場と深い森に広くひびいた。
やがて流れ込んできた風と共に、草木をざわめかせてから消えていった。
沼の広場と、森の奥には、やはり何の気配も感じなかった。むしろ、さらに静かになった気がするほどだ。
しゃがみ込んでいるメリーは、まだじっと静かにしていた。
ラトスと同じように息をひそめ、周囲の気配を探っているのだろうか。それとも、また恥ずかしいと感じて、顔を紅潮させているのだろうか。
しばらく、その場は静かになった。
どこからも異常は感じられない。
ラトスは腰の短剣から手をはなし、足元にいるメリーを見下ろした。彼女はまだ、じっと静かにしていた。肩がわずかにゆれていて、静かに息をしているのだけは分かる。本当に恥ずかしがっているのだろうか。ラトスはメリーの傍にしゃがみ込み、彼女の顔をのぞき込んだ。
メリーの顔は、地面を向いたまま動いていなかった。
じっと下を見て、静かに呼吸をしている。
どうしたのだと、ラトスは彼女の視線の先を見ると、彼もまた動けなくなった。
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