戦争とは
一段、また一段と階段を下る。暗視薬のおかげで視界に不自由はないが、この何とも言えぬ独特の空気にはまだ慣れていなかった。
下りきったところで周りを見渡すと、前回よりも崩れている箇所が多いように感じる。あの怪物が通ったんだから無理もないのだが。
とは言っても今回はこの第二シェルターに用事があるわけではない。この先にある第一シェルターをまず目指さなければならない。
懐から手書きの地図を取り出す。どうやらあの大きなホールに入ってすぐ、右手側に扉があるらしい。
「前回はそこまで気にしてなかったしな」
手元の地図と実際の景色を交互に見ながら進む。無機質な何の変化もない壁のせいでいまいち進んでいるという実感が湧かない。
「しかし何とも面白みのない建物ですね。こんなところに長い間居ようものなら発狂しそうですけど」
彼女が壁に触れながらそう言う。
「ただ毎日空襲の恐怖に怯えながら地上で過ごすよりかははるかにマシだっただろうよ」
「そんなもんですかねぇ……」
納得いかない彼女に僕は一つの疑問をぶつけた。
「君には戦争の記憶がないのかい?」
「戦争の記憶……ですか」
聞こえてくるのは僕らの足音と彼女の唸り声のみ。しばらく彼女は悩んでいたが、口を開いた。
「完全にないわけではないのですが……何と言えばいいのか分かりませんがどうも思い出そうとする度に頭がもやもやしてくるというか……」
「まあ、あんな記憶取り戻さなくてもいいさ」
僕がそう言うと、奥の方に扉が見えてきた。おそらくだがあれで間違いはないはずだ。
「少し、教えてくれませんか」
「え?」
立ち止まって彼女を見つめる。暗視薬のせいかはっきりと見ることはできなかったが。
「その、もしかしたら記憶が戻るかなって」
だがそのまなざしには憂いのようなものを感じる。もしかしたら彼女自身、記憶が戻らないことを想像以上に気にしているのかもしれない。
「そうだな……じゃあ概観だけでも話そうか」
扉の前に着くと、僕はドアノブに手を掛け、開けた。
てっきり扉の向こうは薄暗く狭い道なのだろうと思っていたが、実際は横幅十メートルくらいある広い道であった。
二人で通るには広すぎるその道をゆっくりと進みながら僕は語り始めた。
「もともと僕の住んでいたこの国と、敵国であるゲルマニア帝国とはその前の世界大戦では同盟国だったんだ。そして何とか勝利を収めたけれど、今度は残ったこの国とゲルマニアとの間で冷戦状態になった。それでも七十年ほどは互いの国の努力によって何とか戦争には至らなかったんだ。けれども指導者が変わったことによってゲルマニアは突如として宣戦布告。世界を巻き込んだ大戦争へと発展したわけだ」
振り向いて彼女の反応を確認するがいまいちピンときていないようだ。
「どう?」
「ちょっと……まだ思い出せませんね」
そう困ったように笑う彼女。やはりダメだったか。
「何で思い出せないんでしょうね……」
哀愁漂う口調で彼女は呟いた。きっと彼女にも何かしら思い出したい記憶があるだろう。
一科学者として何とかしたいが、どうも原因がぱっとしない。
「別に無理して思い出さなくてもいいさ」
そう言った瞬間足に奇妙な感触が広がる。肉感のあるこの感触は、何か不吉なことを感じさせた。
「何だこれ」
立ち止まって足元を見る。色覚が機能しない闇の中であったが、それでも十分にそれが何かは理解できた。
「人の……腕?」
無残に捨てられたそれはまるで何者かに許しを請うような、また訴えるように指が一本一本差し出されていた。つまりこれは――。
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