4-02 逡巡

 『暁化成』と言えば、宮崎県を代表する大企業である。コマーシャルやニューイヤー駅伝でお馴染み。知らない人はほぼほぼ皆無だろう。

 そんな大企業が、愛琉のために宮崎に女子プロ野球チームを誘致しようとしている。しかも、その監督を繁村に依頼しようということだ。

 話が展開しすぎていて驚愕している。

「教頭、一つずつ整理しましょう! 一つ目ですが愛琉はプロテスト受けていないんですよ」

「どうやら女子プロ野球機構は、嶋廻さんの合格を決めているようです。形だけのテストはするかもしれませんが、嶋廻さんの実力はテレビ放映の力で周知のものになっています。脳の手術はしましたが、奇跡的な回復力で以前とほぼ同じかそれ以上の力を取り戻しています。女子プロ野球界にとってその振興のために、嶋廻さんはまさしく垂涎すいぜんの的なんです」

 確かに、愛琉の野球における実力は全世界でも右に出る者はないだろう。男子の中で戦い続け、さらにはプロ相手に善戦し夏の甲子園覇者に勝利をもぎ取ったのだ。愛琉が倒れてしまったことで、その勝利の喜びは吹き飛んでしまったが、練習試合ながら野球史に残る快挙と言って過言ではない。

 そして脳の手術を経てリハビリに励み復帰を目指すところは、それに輪にかけて勇気を与えることだろう。おまけに芸能界でも食っていけそうな美貌も手伝って、女子プロ野球の発展を願う立場からすれば、比類なき看板選手になろう。

 しかし、それは良いとして、なぜ繁村が監督なのだろう。

「愛琉は分かりました。で、二つ目ですが、何で自分が監督に? こういうのってよく分からないんですけど、女子プロ野球経験者とか女子硬式野球部の監督とかがなるんじゃないんですか?」

「いや、実際に男子の監督もいます。仮に男子の監督の前例がなくても、球団創設準備チームは先生を監督にしたいみたいです」

「そ、その心とは?」

「先生のことを、一流の野球指導者とお認めになっているようなのです。だって、先生は嶋廻さんだけでなく、未経験で入部した栗原くん、釈迦郡くんのプロ入りを果たさせました。甲子園に長らく遠ざかっていたチームを18年ぶりに導いて、優勝は逃しましたが、甲子園優勝校相手に健闘しました。そして何より、2年前の練習試合での一戦は、まさしく嶋廻さんとの二人三脚で成し遂げた快挙ではないのですか?」

 なぜか、甲斐教頭が繁村を説得するような口調になっている。教頭は続ける。

「私も、繁村監督は野球指導者として一流だと胸を張って言えます。もちろん教師としても素晴らしい人材を失うのは惜しい。惜しいんだけど、それ以上に先生が創設されたチームの初代監督として女子プロ野球を支えていく姿を見てみたい」

「きょ、教頭も女子プロ野球の監督になることを願っているのですか?」

「ま、まぁ平たく言えばそうです。もちろん先生本人の意思を確認していないので、返事は保留にしていますよ。ただ、当の嶋廻さんは新設の球団で野球するなら繁村監督のもとでやりたいと主張しているようです」

「な? 愛琉に話がいってるんですか? そんなわがままな!?」

 繁村は、してやられたと天を仰いだ。これじゃあ、プロ野球監督になることを強迫されているようなものではないか。球団としては外堀を埋めるため、愛琉から繁村を監督にするからうちに来てくれと交渉に入ったのか。

「突然の話で申し訳ないですけど、前向きな回答をお願いします。高校教師からプロ野球監督という異例の転職ですが、少なくとも私にとっては栄転だと思っていますから。いつでも、いつまでも先生のご活躍を祈って応援させてもらいます」


 ◇◆◇◆◇◆◇


 後日、女子プロ野球入団テストを受けた愛琉は合格となった。このテストは愛琉に関しては形だけのもので、女子プロ野球機構側は彼女の入団を決めていたらしい。それでも、直球は140 km/h、遠投は105 m、50メートル走は6.25秒という女子としては超人的な記録は、いずれも過去最高記録らしい。満場一致の合格はおろか、あまりの好記録でニュースになるほどであった。

 しかも秘密裏に入団先も決まっていて、どうやら球団創設準備チームはおおわらわらしい。愛琉は決まっても他のメンバーを招致できなければ、試合はできない。幸い愛琉の活躍で野球を志す者は格段に増えていて、それこそ各地の高校の女子硬式野球部では中途でも野球をやり始めたいという人が急増しているらしい。

 加えて宮崎県には名門、北郷学園高校女子硬式野球部がある。そこからOGを含めて有望選手を集めているという情報を仄聞そくぶんしている。


 一方で繁村の方は、なかなか愛琉のプロ入りが決まっても、女子プロ野球の監督になることに不安はあった。前向きに検討すると言ってまだ正式に返事をしていない。自分に務まるのか。女子の指導経験は愛琉以外にないわけだが、愛琉のたぐいまれな身体能力に助けられて、プロ入りできたに過ぎないと言える。おおよそ実績と言えないのではないか。

 さらに、球団だけでなくファンの期待を背負っている。通常のプロ野球でもそうであるように、結果ですべて判断される世界だろう。どんなに頑張ったって、結果が出なければ契約されない酷なポストだ。


 北郷学園からもたくさん来るという。ライバル校にして強豪ではあるが、男女ともに練習試合も組んでくれたチームだ。北郷学園──。そうだ、なぜあの人に相談しなかったのだろう。最適な相談相手をいることをいまさら思い出した。

「もしもし、繁村です」

 気付くと繁村は、北郷学園高校女子硬式野球部監督をいまでも率いている崎村に電話をかけていた。

『あ、繁村くん! どうしたの!? 繁村くんから電話なんて』

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