3-46 盗塁

 栗原の初打席はライト前に鮮やかなヒットであった。栗原がプロに入ることは大阪黎信の城座も承知のことだろう。それゆえか、どこか投げにくそうに、置きにいくようなボールではあったが、それを見逃さずヒットにしたことは、今後球団の先輩になる岡田の前で面目を保ったことになる。

 五番の泉川は手堅くバントを決める。続く六番の下水流、七番の鬼束に進塁打が期待されたが、残念ながら城座の投球術にバットは沈黙する。鬼束は二年生。遅咲きのレギュラーの座を掴もうとしている選手であったが、打撃で魅せることは叶わなかった。3アウトとなる。

 早くも三回に入り、愛琉の3回目のマウンドになる。この回は八番ピッチャーの城座からの攻撃になる。下位打線の八、九番は、それぞれセンターフライ、ショートゴロに打ち取る。現役プロの岡田にはソロホームランを浴びたものの、夏の覇者の大阪黎信の1巡目の他の打者をきっちり抑えたのは素晴らしいと言える。はじめは硬かった守備も少しずつ動きが良くなってきたように思える。


 次からは2巡目。つまり赤木の打席が回ってくる。バッターボックスの外で3回ほど素振りをしているが、やはり元プロだけあって素振りの音が鋭い。赤木は高校時代もプロ時代もホームランバッターではなかったが、主に一番打者としてかなりの出塁率を誇ってきた。2打席目も簡単に終わらせてくれるとはとても思えない。

 思いなしかカメラのシャッターの音が激しくなったように思う。周囲の歓声でしっかりそれは聞こえないはずなのに、何となくそんな感じがした。

「今度は、監督の威厳にかけて凡退するわけにはいかないですね」

 赤木はヘルメットを一旦被り直しながらそう言った。


 初球のストレートは140 km/hは見逃しのストライク。

「速いな。150 km/hくらいに感じる」

「僕でもメグ……、あ、嶋廻の球は簡単に打てないですよ」

 2球目はややインコースの球に赤木は手を出してファウルを放つ。それから2球続けて直球を放るもボールとなり、5球目はまたもや直球をファウルとする。

 赤木はストライクとボールの見極めが出来ているようだ。であれば、『フェニックスカーブ』を投じさせようか。サインを出す。愛琉は一球も首を振ることなくサインにうなずいている。

 6球目は『フェニックスカーブ』。しかも若干いつもより速めの、しかしながら変化は鋭いスローカーブだ。これはこれでタイミングを取るのが難しそうだ。赤木はタイミングをずらされ体勢を崩しながらもライト前に綺麗に運ぶ。ライト前ヒットだ。

「嶋廻さん、いいよ、ナイス変化球だった!」一塁ベースに辿り着いた赤木は、愛琉に向かって声をかける。

 2アウトながらランナー一塁。ここは走ってくるだろう。

 愛琉は一塁に牽制球を投げている。牽制球も巧い。2球目の牽制なんて、あの赤木が逆を衝かれそうになった。サウスポーというアドバンテージはあるが、少なくとも清鵬館宮崎うちのどの投手よりも上手だ。まるで白柳のように。

 初球は外角にボールを投げさせる。大阪黎信の二番打者は右打者なので二塁牽制に有利だが、それでも相手はあの赤木だ。

 初球は走ってこなかった。しかし絶対盗塁を仕掛けるはず。愛琉も執拗に牽制している。2球目も動きはなかったが、3球目で走ってきた。ストライクゾーンへの速球。バッターは盗塁を助ける空振りをするが、繁村には18年前の自分が乗り移ったように身体が勝手に動いていた。気付くと二塁への送球は低い軌道を描く。愛琉は低く身を屈めて、セカンドの釈迦郡が捕球し、タッチする。赤木は彗星のようにあっという間に二塁に到達している。微妙なタイミングであったが判定はセーフであった。

 球場は、赤木の代名詞とも言える盗塁を見られたからか、大歓声が起こっている。

「速ぇなぁ……!」繁村は思わずキャッチャー用マスクを取って独りごちる。

「あー! 赤木さんに盗塁許しちゃった!」愛琉は悔しそうに天を仰いでいる。

 このまま三盗を狙ってくるだろうか。


 愛琉は二塁への牽制をするだろうか。思えば、愛琉が二塁にランナーを進めること自体記憶にない。しかし、釈迦郡と泉川は二塁に入り、牽制のタイミングを図る。

 牽制は少しぎこちなさを感じるものの、釈迦郡はしっかり捕球しているし、センターの下水流とレフトの鬼束がそれぞれダッシュし、驚くほど前までカバーに来ている。下級生の彼らから見て、練習中、試合中の愛琉は恐怖そのものなのかもしれない。絶対に落球してはいけないし、逸らしたとしても早急なカバーが必要と思っていることだろう。ランナーが赤木と言うこともあって必死さが伝わる。

 意外なことに赤木は三盗はしてこなかった。二番打者はライト方向に良い打球を放つも、守備範囲の広大な栗原が追いつき、結果的にライトライナーとなって3アウトとなった。


『三回の裏、清鵬館宮崎高校の攻撃は、八番ピッチャー、嶋廻さん』

 この回のバッターは嶋廻愛琉からだ。愛琉が試合で清鵬館宮崎高校のブーゲンビリア色の塗色を配したヘルメットを被る姿は貴重である。まさに野球をやるために生まれてきたかのように、愛琉のヘルメット姿もになっていた。

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