3-43 要求

「一番セカンド釈迦郡、二番サード泥谷、三番ファースト坂元、四番ライト栗原、五番ショート泉川、六番センター下水流、七番レフト鬼束、八番ピッチャー愛琉ッ……!」

「オッシャー!」他の選手の3倍は大きな声で返事をする愛琉。

「九番キャッチャー俺ッ! ウイッス! 以上だ!」

 各選手は、呼ばれた後に元気よく返事をすることになっている。繁村は今回選手でもあるので、「九番キャッチャー俺ッ!」の後に自分で「ウイッス!」と言った。

 それが面白かったのか、愛琉が笑いを必死で堪えている。

「何、笑ってんだ、愛琉!」

「まさか監督が自分で『ウイッス!』って言うとは思わなくて……」

「今回、俺も選手の一員だろ。仕切ってる俺が返事を守らなくてどうする?」

 気付くと他の選手も笑っていた。おかしいことではないはずだが、監督自らが返事をしたことが思いのほか面白かったようだ。

「はい、こら、もう笑うな。でな、今度の試合は9イニング制だが、先発の愛琉は最大でも七回までしか投げさせないことにする」

「何でですか?」すぐに質問が飛んで来た。

「女子野球の通常の公式戦は7イニング制で、それにならうことにする。愛琉は野球の技術は一級品だが、試合の経験値は少ない。無理して投げさせて、肩を壊したりして選手生命を潰すようなことがあってはいけない。だから愛琉の完投は今回はない。薬師寺は継投するつもりでいろ。いいか?」と言って薬師寺の方を向く。

「はいっ!」

 このことは、事前に大阪黎信側にも承諾を得ていることだ。もちろん愛琉にもそう言い聞かせてある。

 それと一点、繁村には付け加えることがある。

「あと、今回俺も出場するが、36歳になるわけだ。体力が続かないときは、銀鏡、よろしくな?」

「え、監督、そこはビシッとフル出場するって言って決めて下さいよぉ!」愛琉はすかさず抗議する。

 再び笑いが起きた。


 実は、直前になって栗原を出して良かったのか、と思い悩んだ。これからプロにいくことが確定している栗原を不用意に出場させて怪我をさせてしまわないか、ということだ。これに関しては、オリックスの岡田からも心配には当たらない、と言ってくれているが、やはりこれから彼はスポーツで生計を立てようとしていく選手だから、栗原には無理するなと言っている。

 同時に愛琉もそうだ。今年の女子プロ野球の入団テストは11月半ばで、この引退試合のあとである。内々に日本女子プロ野球リーグから是非応募して欲しいと猛烈にコールがかかったことから、エントリーすることが決まっている。そして、最速記録を出すくらいの愛琉がそれに通らないことはまず考えられない。そんなある意味内定の選手2人を、練習試合で怪我させてしまったら責任問題である。9イニング制なのに7回までしか投げさせないのもそのためだ。もう一つ、最近発作は鳴りを潜めているが、脳動静脈奇形もある。愛琉によれば、手術は受けたくないと訴え続けているらしい。本人の意思なのでひとまず尊重したいが、それも実は気がかりであった。

 もう、我が清鵬館宮崎高校硬式野球部だけの選手ではないのだ。しかも、この試合には愛琉の両親も来るという話なので、無理は絶対にさせられない。


 大阪黎信はすでに春の甲子園出場を決定的なものにしたとニュースで出ていた。秋の大会で無敗らしい。あれだけ強い三年生が抜けても強い。

 ただ、エースの城座はまだ二年生らしいので、今回も出て来るだろう。ハイレベルな戦いをしてくる大阪黎信に対して、今回はより安全第一での野球を改めて心がけた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 そして当日を迎える。

 土日を使っての遠征。金曜日前日入りし、土曜日に試合、日曜日に帰郷というハードなスケジュールだ。今回は何と、民放が試合光景を撮影するためスポンサーがつくらしく、旅費と宿泊費が放送局持ちとなるようだ。

 宿は前回の夏と同じところである。しかし、完全に以前と異なるのは、取材が来ているところだ。

「嶋廻選手! 今回は頑張って下さーい。試合に向けて何か一言を」

「繁村監督も一言お願いします!」


 夜遅いのでフラッシュが眩しい。一旦、チェックインは同行してくれた甲斐教頭に任せて、繁村が一律にメディア対応を引き受ける。口下手な繁村は気乗りしないが、自分が応じざるを得ないことは分かっていた。

「選手の健康管理のため、選手への取材はお控え頂きたい代わりに、私が応じます。このたびはありがとうございます。また赤木監督のご厚意にも感謝します。あくまで安全第一で臨みたいと思いますのでよろしくおねがいします」

「安全第一、とは?」

 確かに、試合の抱負で安全第一というのも変な感じもするが、一応断っておいた方が良いような気がした。

「メグ……、いや、嶋廻はこれからの選手生命を考慮して、最大七回までしか投げさせません。ご理解のほどお願いします」

「それはちょっと困ります」ヤマトテレビと名乗るメディアが言った。今回の放映権を有するテレビ局だったか。「嶋廻さんの投げる姿は、一人でも多くの視聴者に見て頂いて、スポーツを志す人たちに勇気を与えることになります!」

 もっともらしいことを言っているように聞こえるが、我々は取材されるためにやっているわけではない。見世物ではない。しかし、今回はスポンサーがついて旅費や球場使用量などを工面してもらっているらしいので、ぞんざいには扱えない。

「ご指摘はごもっともかもしれませんが、選手の健康と安全を守るのが第一です。彼女は女子野球の未来を背負うホープだと思っています。女子の公式戦は基本7イニング制です。それ以上投げさせるのは、監督として適切ではないと思いますのでどうぞご理解をお願いします」

「もし、七回以上投げられそうなときは九回完投を強く検討願います。完投できなくとも野手での起用をお願いします」

 メディアは試合の最後を締める投手が愛琉で、勝ってチームメイトと抱擁でもするシーンを撮りたいのだろうか。

「選手の健康と安全にご理解をお願いします。ではこれで失礼」

 素っ気ない対応だが、メディアの無理な要求を鮮やかにかわすテクニックなど、繁村は持ち合わせていない。テレビ局やその他メディアには悪いが、これで精一杯だ。

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