愛琉☆二年生

2-01 進級

 早いもので愛琉たちは二年生に進学した。

 思い出せば、ちょうど一年前、入学早々に愛琉が職員室に押しかけてきて面食らった記憶が鮮明に蘇る。あれからもう一年。年を取ると時の経過が早く感じられると言われる。ジャネーの法則と言ったか。まさしくそう感じてしまうほど繁村本人も年を取ったということだ。

 年齢のことをいつもこの時期になって感じるのは、繁村が春生まれだということもあるかもしれない。4月5日が誕生日の繁村は、ちょうど数日前に34歳になったばかりだ。

 おそらく愛琉たち高校生は、まだ時間がゆっくり進み青春を野球に勉強に、またひょっとしたらひっそりと恋に費やしておうしているのだろうと思うと羨ましく感じるが、繁村自身にも野球に青春を捧げた高校三年間があったわけだから、文句は言えない。


 そんな繁村は、愛琉がいる2年E組の副担任として受け持つことになった。このクラスには、栗原、泥谷、黒木、若林など硬式野球部メンバーが多くいる。そのクラスの副担任だなんて、おそらくは甲斐教頭の策略を感じざるを得ない。


「さ、監督、今年も勧誘がんばりましょ! アタシの出番だと思ってるんですから! 見て下さい! ビラもこんな気合い入れて作ってきたんですよ! キャプテン中村さんも感動するくらいの力作ですっ!」

 愛琉は、自作と思われるビラの案を用意してきた。そこには青天の甲子園のバックスクリーンと満員のスタンド席を髣髴とさせる背景に、我が校のユニフォームを着たサウスポーのピッチャーとそれをキャッチする捕手の腕の一部、それと相手バッターが描かれていて、白熱した熱戦の一場面のようだ。正直かなりクオリティーの高いイラストである。

「凄いな……、これ、誰が描いたの?」

「えへへ! アタシです。アタシ、体育と美術だけは自信あるんですから!」

「愛琉が、絵が上手いとは知らんかった」

 さらによく見ると、描かれているピッチャーは髪の毛が長い。ポニーテールである。サウスポーであることから考えると……。

「へへ、これアタシです。妄想だけなら、甲子園に出てもいいでしょ?」

 愛琉は屈託のない笑みを浮かべている。

 このは本当に野球が好きなのだろう。野球への情熱、野球への愛が伝わってくる。それだけに、性別だけを理由に出られない愛琉を、改めてびんに思った。


「じゃあ、カラーコピーするから、一部もらっていいか?」

「それでもいいんですけど、せっかくならデータを印刷して下さい! そっちの方が綺麗でしょ、先生。データを渡しますから」

 そう言って、愛琉はUSBを渡してきた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 そして、入学式の日。宮崎では桜は散って葉桜になりかけてしまっているが、これが南国の入学式だ。


「さあ、勧誘始めますよ〜!」ここでは完全に愛琉が指揮を執っている。昨年度の華々しい実績を誇っているだけに、他の部員たちも物申せないようだ。力作のビラを、マネージャーの河野美郷が男子部員たちに配布した。

 愛琉は再度呼びかける。

「特に、体格のいい人、足腰強そうな人、身体が柔らかい人、左利きの人、シャドーピッチングやってる人、素振りやってる人、坊主頭の人、堂場瞬一先生の『大延長』読んでる人は、野球向きだから必ず引き留めて勧誘すること! いいですか!?」

「何や、それ? そんな奴いるか?」

「坊主頭で野球向きって面白すぎっちゃろ!」

 男子部員たちはすかさず突っ込む。

「『大延長』って僕じゃないか?」これは横山の声だ。

「あ、あの、左利きばっかり集めないでね。ポジションに困るから」繁村は念のため、皆に指示した。

 

「監督! 1人、ゲットしました!」

 何と開始30秒。そう言ったのは愛琉だった。

「はぁ、もう!?」

 繁村は思わず素頓狂な声を上げてしまった。 

「えっと、名前何だっけ?」

「はい、しろきょうです! 青島海浜あおしまかいひん中出身で、中学でキャッチャーやってました!」

 繁村は銀鏡と名乗る新一年生を見て思い出した。先日の藍陽高校戦で「嶋廻せんぱーい!」と呼んで、応援していた少年だ。身長は170 cmもないくらい小柄で、野球をやっている、ましてやキャッチャーをやっているようにはあまり見えない体格だ。

「キミ、こないだの試合観に来てなかったか?」

「はい! 嶋廻先輩のファンですから!」

 銀鏡少年は堂々とそう発言した。


「えええ!?」

 愛琉と近くにいた男子部員が全員驚いている。

「お前ら付き合ってるんか!?」

「そういや、同じ中学校だもんな!?」

 さっそく男子たちは茶化している。

「ちょちょちょちょちょちょっと! 待って!! 拡大解釈するな! アタシはこの子、知らんよ!?」

 愛琉は全力で否定している。

「いやいや、また〜!」

「ずっといると愛琉には色気感じんかい、彼氏できて良かったな!」

「なに言っちょっと!? こら、キミ、ぼけっとせんと、弁明するっちゃ!」

「ええ、片想いが実るといいなと思ってます」

 ヒューヒュー、という声が聞こえる。

「アホか!? 火に油を注いでどうすっと!?」

 どうやら愛琉は、モテそうな見た目に反して恋愛沙汰には無縁らしい。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 愛琉は持ち前の明るさで、どんどん部員を勧誘し、銀鏡を含めて8名の新入部員を引き入れることができた。入部式前なので体験入部扱いだが、入学1週間で既に入部の意志を示している。

 美郷は後輩マネージャーを入れたがっていたが、難航した。加えて、愛琉は女子の選手の部員を入れたがっていたが、それは無茶な話だろう。愛琉が特別すぎる存在であるだけで、通常、野球をしたい女子は北郷学園に行くだろう。それに、正直これ以上の女子選手の増加は勘弁して欲しかった。愛琉だけでお腹いっぱいなのである。


 銀鏡以外は、鬼束おにつか坂元さかもと中武なかたけやく師寺しじ浜砂はますなすみ飯干いいぼしという。

 やはり男子を勧誘する上で女子の存在は大きいのだろうか。愛琉は既にいる部員たちからはあまり女扱いされていないが、一般的には(部員いわく『黙っていれば』)美人だと思うし、美郷も愛琉とは方向性は違えど美人である。ともに『美人』としか表現できないことに、繁村の『女子の容貌を形容する語彙力』の乏しさが露呈してしまっているが、言いたいのは、このような女子がいると男子は集まりやすいということだ。


 ただ、初日から『爆弾発言』をした銀鏡はともかく、他の部員は未だ、顔と名前が一致していない。個性が強い新二年生と比べて個性が強くないように見える。大人しい人が多いかもしれない。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 ゴールデンウイークも近づき、ようやく入部式まであと数日まで迫った頃、新入部員たちも部の雰囲気に慣れつつあり、今年の新入部員のメンバーは固まってきたかなという頃だった。


「あー、ここか、可愛い女の子がいるところってのは? おっ、やべーな、てげ可愛いなぁ!!」

 そう言って、栗原以上の乱れた長髪をなびかせながら男が現れた。男は続ける。

「あ、監督ぅ、俺、入部することに決めたんでヨロシクっす」

 一回も見学に来たわけではないのに、入部届に汚い字で書き殴り、繁村に突き付けてきた。繁村は直感的に、この男は部のトラブルメーカーになるような気がした。


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