1-21 復帰

 ◇◆◇◆◇◆◇


 しかしながら、愛琉の来ない日は続いた。横山は愛琉に接触することが出来たのだろうか。

 そう思いながら、早くも10月の末を迎えた。


 部員の中では、もう愛琉は辞めたという暗黙の了解のような雰囲気になっていた。『愛琉不在』の状況に慣れてきてしまっているようだった。

 本当は、紅白戦の1つでも組みたかったが、愛琉が抜けたことで部員が17人しかいない。繁村自身が加わって18人にすることも出来るが、それは皆嫌がるだろう。それに、やはり部の雰囲気自体がどこか暗い。他校と練習試合を組もうという雰囲気ですらもなかった。


「監督!」横山が練習がいよいよ始まるときに声をかけた。

「何だ?」

「嶋廻を連れてきましたよ」

 一瞬耳を疑った。愛琉が部活に来なくなって、はや3週間。繁村自身、もう愛琉は戻って来ないと諦めかけていたところだった。確かに横に学校の制服姿の嶋廻愛琉がいる。

「愛琉……」

「本当はもっと早く話したかったんですけど、こいつ、実は北郷の練習に参加してたみたいなんですよ」

「えっ?」その情報は初耳だ。

「監督! このたびは迷惑かけました。でも北郷の女子野球部にちょっと参加してみて分かったんです。やっぱりアタシは繁村達矢監督の下で野球がしたいって」

 そう言って、愛琉は『入部届』と書かれた封筒を差し出してきたので、取りあえず受け取った。

「愛琉……、何で?」思わず涙が出そうになるのと繁村は一生懸命堪える。

「あ、嶋廻、もう練習始まるから準備しろよな。監督も早く! 全体練習ですよ!」

 横山に逆に活を入れられ、繁村は慌てて部員たちにげきを飛ばした。


「愛琉!」全体練習の後、繁村は愛琉を呼んだ。

「はい、何でしょう?」

「詳しく話してくれるか? 今回の経緯」

「あ、はい。あの練習試合のあと監督と崎村監督が話をしていて、その内容にショックを受けたのは事実です。それで後片付けもせずに先に帰ってしまって、まずそのことはすみませんでした。実はあのあと崎村監督がアタシのことを待ち構えていて、あの試合でアタシの何が課題だったのか、簡単に教えてもらいました。それで、もし良かったらいつでも練習に来てくれていいよと言われ、連絡先を交換したんです」

「そんなことがあったのか」

「それも、事後報告になってしまってすみません。ショックもあったので、ちょっと腹いせにという気持ちで北郷学園の女子野球部に参加してみようと思って、でも無断で休むのは悪いな、とも思って『休部届』を提出しました。で、少し参加してみたんです。崎村監督は教え方も上手いと思ったし、親身で人柄もいい。他の選手たちも社交的だったし部の雰囲気も悪くなかった」

「……じゃあ、悪いことなかったんじゃないか」 

「……でも、何か上手く言えないんですけど、落ち着かないんです。アタシにとっての居場所はそこじゃない。清鵬館宮崎ここなんだと思いました。正直、うちの男子たちは、野球はそこそこ出来るかもしれないけど、こないだアタシが先発で投げてんのに攻撃のときは打ち取られまくってレディーに気が遣えないし、イケメンもいないし、ってかアタシのこと女子扱いしていないような感じでムカつくし、黒ユメはバカだし、栗ちゃんはチャラいし、ウネウネは静かで面白くないし、キツネはデカいし、トイはドカベンみたいなのにキャッチャー出来ないし、横山なんてアタシのこと男だと思ってるし、どろたになんて未だに正しい読み方分からないし……」

「おい、バカで悪かったな」

「おめぇにチャラいなんて言われたないわ!」

「面白くないのは許してくれ」

「デ、デカくてダメなの?」

「『トイ』じゃねー。キャッチャー出来なくて悪かったな……」

「嶋廻、男じゃなかったんか?」

「俺の名前は、どろたにじゃねー、『ヒ・ジ・ヤ』っちゃ!」

「……お、俺には何にも言ってくれないんかよ」

 いつの間にか近くで聞いていた部員たちが、愛琉に物申した。

「……でも、こんな男子たちと監督がいる、この部活が好きだってことが分かったんです。だから、もう一度この部活でやらせて下さい!」

 愛琉は頭を下げた。繁村は数秒黙考した。

「この入部届だが、受理するわけにはいかん」

「何で!? 何でですか!?」

 愛琉はひどく驚いたようにこちらを見て訴えた。男子たちも「え!?」っと驚きの声を上げている。

「俺は、『休部届』は受理してるけど『退部届』は受け取ってない。退部してないのに入部じゃおかしいだろう。もし書くなら『部活復帰願』が正しいんじゃないか? それなら受理してやる」

 じゃあ、戻っていいんですね。さっそく書き直します。

 そう言って、一度提出した入部届を奪い取ると、汚い字で『部活帰願』と出してきた。

「おいおい、こんな初歩的な漢字間違えるなよ。野球のやり過ぎでバカになってもらっては困る」

「監督ぅ! ひどいです。確かに勉強は苦手ですけど、これでも頑張ってますってー!」

 部内で笑いが起こった。


 しかし、この勉強が苦手なところは、決して部活の影響だけではないことに、このときまだ誰も気付いていなかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 時は流れ、11月に一年生大会、それから12月からのアウトオブシーズン前の締めくくりとして、清鵬館せいほうかん都城みやこのじょう高校と清鵬館せいほうかん日向ひゅうが高校との三校戦をした。

 一年生大会では、何と県央ブロック予選で勝ち進み、本選に出ることができた。本選に出ることができた時点でベスト8である。残念ながら準決勝で県北ブロック代表の延岡のべおかみなみ高校に負けてしまったが、3位決定戦では勝利し、一年生たった10人で3位を勝ち取った。大差がついた場面を除きほとんど畝原が投げ、スタミナ面において急成長を見せた。また、入部当時は全然野球ができなかった『参謀』横山も公式戦初安打を放ち、本人だけでなくチームメイトも繁村もとても喜んだ。

 ただ、これも公式戦扱いなので愛琉は残念ながら出られなかったのが惜しい。11人だったらもっと良かったのにと悔やんだ。


 練習試合である三校戦でも二連勝を飾り、ここでは愛琉の活躍も光った。


 そしていよいよアウトオブシーズン、つまり12月からの対外試合禁止期間に突入する。

 この期間は、主に筋トレやランニングなどをするなど基礎体力の充実を図る。試合もなく地味な練習が続くが、大切な時間。

 練習試合においては翌年3月8日から、公式試合においては3月19日から解禁となるが、それまで選手たちは各々身体を鍛え抜く。


 実は繁村には、このアウトオブシーズン中にどうしてもやっておきたいことがあった。それは、ある人物に会いに行くことだ。愛琉が復帰してその必要性を再確認したのだ。

 アポイントを取ろうと番号を検索するが、もともと交渉したり折衝したりすることが苦手な繁村は何回か躊躇した。目的が目的だけに、拒否されるのではないか、あるいはもう相手をしてもらえなくなるのではないかと。

 しかし、会うことの必要性の方がどうしても上回っているような気がしたので、意を決して電話を取る。そうだ、むしろこの時期がいちばん迷惑かけないだろうと。


「もしもし、わたくし、清鵬館宮崎高校の教師で硬式野球部監督の繁村と申しますが……、あ、お世話になります……。あの、じょ、女子硬式野球部の崎村監督の面会のお約束と、じょ、女子硬式野球部の見学の予約をさせていただきたいのですが……」

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