最終話 さらば友よ、さらば愛しい人

 少し時は戻り、梓達が眠りについた後、その場にはいつの間にか一人の人影があった。

 より正確に言うのならば、その場に一人だけ、深夜にも関わらずに眠らず、立っている男がいた。

 彼の目線の下には、かなり疲労していたのか彼に気が付く様子もなく眠っている、十人の姿があった。


「……思ったよりも遅くなったな。でも、梓達が寝ていたのは、都合は良かった……」


 彼、智貴は少し屈むと、すぐ傍で寝ている梓の頬を撫でながらそう呟いた。

 そう、智貴はあの後、すぐに梓達の元へと来ようとしていたのだが、美咲から引き離したレヴィアタンを自分へと取り込んだことで、自身に馴染むまで動けなくなってしまっていたのだ。


『感傷に浸るのもいいけれど、早くしないと間に合わなくなるわよ?』


 そして、レヴィアタンを取り込んだことで、智貴へと話しかけてくる存在が一人増えてしまった。

 本当は、もう少し梓と、そして他の皆とも別れを惜しみたいところだったが、もうあまり時間は無いというのも分かっていたので、すぐに一度立ち上がると動き始めた。


『……我が名は傲慢の王、ルシファ―。我が同胞よ、俺様と共に来い。依り代と別れ、彼の地へと帰らん』


 智貴、いや、智貴の身体をしたルシファーが権能を音に乗せてそう言葉にすると、梓達が急に苦しみ始めた。

 当然、智貴は仲間の異変に気付き、止めようとしたが、今の身体の主導権はルシファーにあり、手を力強く握りしめることしか出来なかった。


「……安心しろ。同胞らが拒否しようとしているから苦しんでいるだけだ。その抵抗を止めてやれば、すぐにでもこいつらは苦しみから解放される」


 ルシファ―はそう言うと、おもむろに健司の胸へと腕を突き刺した。


「何をしてんだ!?」


「うるさい、落ち着け。よく見ろ」


 驚いて声を上げた智貴にルシファーが冷静にそう言った。

 智貴は一度健司の身体を見ると、そこには確かに智貴の腕が健司に突き刺さっていたが、そこから血が出ているわけでもなく、のめりこんでいるような状態だった。

 だが、それでも健司が苦しそうにしているのに変わりは無いので、智貴が焦り始めていると、すぐにその腕を引き抜いた。

 その瞬間、健司の身体が大きく跳ね、そして動かなくなってしまった。

 智貴は不安になって健司の様子を見ると、ぐったりとはしていたものの、息はしっかりとしていて、脈も、少し早くはなっていたものの乱れているという事も無かった。


 そして、智貴は自分の握りしめていた手を自分の胸へと押し付けた。


「っぐ、ぅうぅぅ……!」


 そして、身体に何か、新しいものが入ってくるのをなんとか堪えつつも落ち着かせると、身体に汗をびっしょりとかきながら次は竜太の傍へと寄っていった。


 それから、同じことを三回、竜太、結衣、梓の元へと近づいて行った。

 全員に同じことをした後には、智貴はすぐには動けないほど消耗していたが、震える脚に活を入れて立ち上がった。

 最期に、梓の傍で腰を下ろすと、口を開いた。


「……ごめんな、ずっと、愛してる」


 それだけ呟くと、眠っている梓にそっと口づけをして、立ち上がった。

 次の瞬間には、その場から智貴の姿は消えていたのだった。

 ほんの少し、足元を濡らして……。






 梓達は、眠りについた後、久しぶりにそれぞれ自分の悪魔たちと夢の中で対面していた。

 話したり、夢の中でも眠っていたりと自由にしていたが、皆一様にリラックスしていた。


 しかし、急に彼ら、悪魔たちの雰囲気が変わった。

 話していた悪魔はいきなり話を止め、眠っていた悪魔も身体を起こし、ある一点を見つめ始めた。

 そして急に、健司達にも感じられるほどの圧がその空間にかけられ始めた。


 そのすぐ後には彼らはどこかへと消え去ってしまっていた。


「おい、マモン? どこに行ったんだ? 何があった?」


 いきなりどこかへと行ってしまったマモンに健司は声を張り上げたが、返事は無く、健司の意識もそのまま薄れていってしまった。



 一番最後まで残っていたのは、梓と一緒にいたアスモデウスだった。


『……あいつが来たわ。他の同胞たちも徐々にやられてる、私もすぐにやられると思うわ。……短い間だったけれど、楽しかったわ、強く生きなさい』


「ちょっと、アスモデウス!? 何があったの!? あいつって誰!」


 アスモデウスは梓の言葉には答えずに、わずかに微笑むと次の瞬間には消えてしまったのだった。

 しばらく、梓はアスモデウスの名を呼び続けていたが、反応は無く、梓も意識が遠のき始めた時だった。

 ほんの少し、気の所為かも知れない程度の熱を唇に感じた。

 どこか、懐かしいような気がして、気が付いた時には寮の瞳から涙が零れていた。

 そして、そのまま意識が消えていくのだった。





『……無理矢理あの子たちから引き剝がして、どういうつもりかしら? 返答次第ではたとえ貴方でも私たちは許さないわよ?』


『そうだな、流石にここまで横暴だと、俺もイラつくぞ』


『……眠りを妨げる奴は、殺すぞ?』


 何も無い荒野で、智貴は痛む身体と頭を抑えながら、一斉に話しかけてくる悪魔たちの声を聞いていた。


「……うるせえな、俺様に口答えするんじゃねえよ。ただでさえ、今にも気絶しそうな状態なんだから……」


『それでも、最低限私たちに説明する義務があるんじゃないかしら?』


 それでもそう言ってくるアスモデウスたちに、ついにルシファーは説明をし始めた。


「このまま、俺様達があいつらについてることは良いことじゃないのは、貴様等でも分かるだろう? だから、智貴は自分はもう戻れないと分かっていたから、一人で俺様達を全て受け入れ、他の奴らを救いたいと言い始めた。だから、心優しい俺様はそれを手伝って貴様らをあいつらから引き剥がした。……これでいいか? 出来れば今すぐにでも眠りたいんだ、もう黙っててくれ……」


 智貴はそう言うと、ある場所へと移動した。

 ……そこは、もともとはルシファーの城で、智貴は実は魔界に入っていた。

 既に悪魔と同調し過ぎて人間の枠から外れかけている智貴には、地上は住みにくなっていたので、ならばと悪魔の住む世界へと来たのだった。

 そして城に入ると智貴は近くにあった椅子、玉座に座りかかると、すぐに意識を手放すのだった。

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