第96話 悲しい成り上がり
数日後会社を騒がせる事態が起こった。
社長が勤務中倒れたという。
自分は正直動揺した。
あの社長がいるからこそ今の銀次郎がある。
銀次郎など社内では成り上がりものでしかない。
周囲に憎まれていることは誰よりも知っている。
しかしそんな自分を影になりひなたになり
「・・銀次郎の文句ゆうんやったら、お前らあいつ以上の売り上げあげてみいや・・!」
などと他の幹部を怒鳴りつける社長でもあった。
そんな社長に何かあれば、自分など明日クビになるだろう。
社長が入院している総合病院は広島の原爆ドームがある平和公園の裏側にある。
自分は車を飛ばしてその病院に向かった。
案の定というか、社長の病室には社長の家族や役員などが集まっており、自分など下っ端幹部が入り込む余地は無い。
そこにいる人たちの話を聞くと、倒れはしたもののとりあえず意識はあって、明くる日には退院ということなので安心し、社長には会えなかったが、周囲の人たちと挨拶し、車でその場を後にした。
しばらくすると自分の携帯がなった。
なんだろうと思って車を停め、見てみると、社長だった。
「・・おう、ぎんじろうか、わりゃあどこにおる?」
「・・社長ですね!大丈夫ですか??」
自分が焦ってそう言うと
「・・なんでもない。まあただ糖尿じゃけえの、しょうがないわいや。」
社長はそういえば糖尿もちだったなあと思った。
「・・・そうですか。・・どうかお大事に。」
「・・そんなことええんじゃ、お前、今からここに来られるか?」
「・・もちろんいけますが・・いかがしましたか?」
「・・来たら言うけえ・・とにかく来てくれ。」
自分は社長の待つ病院へと引き返した。幸い、もう人はいなかった。
ベッドのまわりに埋め尽くさんばかりの花がある。
「・・参りました。」
「・・おお、よう来てくれたな。お前と二人で話したい思うとったことがあるんじゃ。」
「・・はい、何なりと。」
「・・・それがな、この前お前といったクラブ栄って覚えとるか?」
「・・はい、もちろん。」
「・・そこのママおぼえとるじゃろう・・そいつにこれをもっていってやってほしいんじゃ。ほんまは今日わしが直接いく予定じゃったんじゃけどの。」
社長はセカンドバッグから銀行の袋にいれたどうやら札束らしい包みを自分によこした。
200万円くらいあるだろう。
「・・お前は口が硬い・・しかもあんまり飲み友達もおらん。お前じゃけえ頼むんじゃ。」
要するに愛人に金を渡してこいということだ。
正直呆れてしまったがしょうがない。
「・・わかりました。」
「・・おう、すまんな。」
自分は車に乗ると、
”・・やれやれ、くだらない役目を引き受けてしまったなあ。”
と思ったがもうどうしようもない。
さっさとこの包みをあのママに渡して仕事に戻ろう。
彼女は広島駅裏にある高級マンションに住んでいる。
社長から教えてもらった部屋番号のベルをおした。
ママは自分を見ると
「・・ぎんちゃーん!しばらくじゃね!あがって!」
ママは先に社長から連絡をうけていたらしく、ドアを開けてくれた。
玄関に入るといい匂いがする。
いきおいよく狆が2匹吠えながら近寄ってきた。
「・・いえ、私はここで、失礼いたします。」
「・・せっかく紅茶とケーキ用意したんじゃけえ、あがっていきんさい!」
「・・・」
自分は仕方なく彼女の部屋に入り、柔らかいソファの上に座らせてもらった。
部屋の中には百合だの胡蝶蘭だの高い花が咲き乱れている。
彼女は紅茶の用意をしていた。
「・・ミルクと砂糖はいれる?」
「・・はいお願いいたします。」
自分は少し固まっていた。こういうシチュエーションは生まれてはじめて経験するからだ。
彼女は自分に紅茶を入れてくれて、雑談で楽しませてくれた。
さすが流川のママである。話題は豊富だった。
自分は適当なところで話の腰をおって。
「お邪魔いたしました。本日はこれで失礼させていただきます・・」
というと彼女は真顔になって話題を変えた。
年齢は40すぎでまだまだ女盛り、美人と言えた。
じっと真顔でこちらを見つめる彼女に鼓動の高鳴りを感じ視線を落とすと
「・・あなた・・真智子ちゃんとできてるでしょう。」
と直球で聞いてきた。
返答に窮した。
自分で自分の顔が赤くなっているのがわかる。
「・・あはは、顔にかいてある。嘘のつけん人じゃねえ。・・」
自分が申し訳なさそうにだまってしまっていると。
「誤解せんでええんよ・・私はぜんぜん責めてない、それどころか感謝しとるんよ。」
「・・・」
「・・真智子ちゃんのことはだいたい聞いとる。お父さんが亡くなって、あんたがおらんかったら、あの子はのりきれんかったかもしれん。・・・ぎんちゃんがおって、よかったんよね。・・」
「・・自分は何もしてません。」
ママは自分の真横にすわった。
何をするのかと思うと、片手で銀次郎の頬を触っている。
「・・真智子が惚れるだけのことはあるわ・・ええ顔しちょる・・・。」
自分は固まってしまい、ママと視線を合わせて数秒が経った。
気恥ずかしくなって、自分はママの視線を外した。
「・・それでは失礼いたします。」
と出ようとした。
自分がドアからでようとしたら、彼女は自分に白い封筒を渡そうとした。
中にはお金が入っているようだ。
「・・これはお礼。」
「・・お気遣い無用です、自分は社長の指示できました。お心だけありがたくいただいておきます。」
「・・ちがう、あんたは、自分の気持ちで真智子に尽くしてくれたじゃろ?これはわたしからのお礼なんじゃけえ、うけとりんさい。・・社長にはいわんでええけえ。」
彼女は自分の胸ポケットにそれをやさしくおしこんだ。
犬たちが自分たちの足下でじゃれている。
「・・・それよりも、真智子に連絡してあげて、あの子、たぶんあんたからの連絡まっとる。3日くらい店にきよらんのよ。言っておいて、『ママが心配している』って。」
「・・かしこまりました。」
彼女のマンションを後にして、さすが流川で女の子をとりしきっているママだと思った。
こういう気風の良さと品で、海千山千の男達と商売ができているんだなと改めて思った。
改めて封筒の中身をみると10万円も入っている。
それはそうと真智子さんである。
自分は彼女とあの関係があってあれきり今日に至るまで3日間彼女と会っていなかった。
店にもいっていないというし、彼女に連絡して彼女のアパートに行ってみることにした。
玄関に入ると彼女は抱きついて来た。
彼女は自分の首の後ろに腕をまわしたまま
「・・・・ママからも連絡あったんよ、・・今からぎんちゃんそっちに行くって。・・」
彼女は顔を赤らめながらそういった。
彼女は猫のような、大きく、かつ目尻のあがった目をもつ特徴的な美人だ。
そんな彼女の恥じらいながらそういう表情は、自分の心を少し動揺させた。
「・・・コーヒーいれるね。」
「・・うん。」
3日ぶりに彼女の部屋に座った。
自分はわざと彼女のお父さんの話題には触れなかった。
ただ、白い絹袋に包まれた父親の遺骨とおぼしき袋が居間に置かれてあって、悲しみを誘った。
こんなときに、何を言ったってムダだろう。
彼女は自分の横に座って、肩を寄せてきて、ぼうっとしている。
「・・私ね、辛いときに誰もいない人生送ってきて、たとえ将来、親と再会して、その人たちが死んでも、なんとも思わないって思ってきた。・・」
「・・・。」
「・・でもね、あのお父さんの顔みたら・・ぜんぶおもいだしちゃった。・・」
肩越しに彼女の体温を感じた。
しかしそれ以上に、もっと何かを感じた気もした。
彼女の人生には、たぶん銀次郎も想像できないつらさがあったに違いない。
少しだけ想像できるのは、たとえ親戚と言えど、親でもない家に長いこと居候していると、そこには悲哀が生まれると言うことだ。
その家で義理の親と喧嘩をしたとしても、その親は自分の子で無ければいつまでも親は子を恨むことができる。
一方子供はその家で同じように食事をするにしても、血が繋がっていなければ、腕に盛られる米の量さえ遠慮するようになる。
真智子は、世話になっている家の叔父に関係を迫られたときは、どういう気持ちがしただろう。
彼女はこの19になるまで、その小さい腕に、胸に、筋骨を彫るような痛みを味わってきたのだ。
自分はそれを想像すると、涙が堪えきれなくなってきた。
彼女の人生を象徴するような、戒名もない白いその絹袋を見ながら、ポロリと涙がでてきた。
「・・・ねえ、ぎんちゃん、・・・いまだけでも、そばにいて・・。」
自分はそういう真智子さんを抱きしめていた。
※私小説の団体名・個人名・会社名などすべて仮名です。
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