第85話 停電の夜に

「うわあ……すごい雷。ひょえええ……、これはヤバい」


 ゴロゴロ……と空を走り抜ける音が響いたと思ったらピカリ! と光り、家が揺れるような振動が響いた。

 雷だ。日曜日の夜、家で絵を描いていたけど停電が怖くてパソコンの電源を落とした。

 この家は山の上にあることも関係してるのか、わりと雷が落ちる。

 去年も「大丈夫っしょ~」と絵を描いていたら落雷して大変なことになったのだ。

 何時間もパソコンが立ち上がらなくなって、もう本当にダメかと思った。

 もうあんな目にあいたくない。

 雷が再び鳴り響き、ドドーンと振動が響いた。

 私は楽しくなって窓の外を見る。雷は安全な場所で見てる分には好きだ。

 会社でも雷がなるとやることがなくなるので、窓の外を見ている。

 その時何度かビルに落ちた雷を見たが、正直カッコイイ!

 そしてハタと気が付いた。滝本さんもパソコンで作業してるんじゃないかな。

 壊れてしまったら大変。滝本さんにこの家がわりと停電することを伝えてない気がする。

 スマホをポケットに入れて階段を上りはじめた……その瞬間、ドドーーーンと大きな音と共に部屋が真っ暗になった。やっぱり落ちた!

 私は階段の下から声をかける。


「滝本さん、大丈夫ですか?」


 数秒後に階段の一番上に四角い光が見えた。

 スマホのライトだ。


「大丈夫です。窓際で雷を見ていました。家のブレーカーを一度落としたほうが良いんでしょうか」

「いえ、大丈夫だと思います。でもこの家の停電って復旧までに結構かかることが多いんです。どうせなので、一緒に台所にいませんか?」

「はい、お邪魔します。すいません、俺ぼんやりしてて懐中電灯を準備するの忘れてましたが、一階にありますか?」

「あ、アロマキャンドルがありますよ。ワラビちゃんから貰ったんです! どうせならあれを付けましょうか」


 私はスマホのライトで足元を確認しながら台所に向かった。

 先日ワラビちゃんから「すっごく可愛いアロマキャンドル見つけたんです!」とプレゼントされた。

 アロマキャンドルなんてオシャレな物いつ使おう……と思ってたけど、ベストタイミング! 

 私は机の上に置いてあった箱を開けて、中からアロマキャンドルを取り出した。

 それはガラスの容器に入っていて、上にアルミの蓋がついている。

 大きなリボンが付いていて、可愛い。

 蓋を外してチャッカマンで火をつけると、ほわりとオレンジの光が広がって、同時に甘い花の香りが漂ってきた。

 真っ暗だった室内が優しくなった。


「……すごい、良い香りですね」

「本当ですね」


 いつの間にか台所に来ていた滝本さんは入り口でほほ笑んだ。

 台所の椅子に滝本さんに座ってもらい、向かい合わせに座った。

 外の雨音はどんどんすごくなって、雷も鳴り響いている。

 机の真ん中のライトを見ていると……なんだか……怪談をしなければいけない気がしてきた。


「滝本さん。暇ですし……お互いに怪談をするのはどうでしょうか」

「……? アロマキャンドルをたいて、雷の夜に、ですか」

「はい。嵐の夜に怪談。少し楽しくないですか」

「そうですか、はい。えっと、雷で少し怖くなっているのかなと心配したのですが、良かったです」

「いえいえ、雷は好きですよ。では私から……」


 私は楽しくなってきて、碇ゲンドウばりに両手を顔の目の前で組んでアロマキャンドルを見た。


「会社の屋上……あるじゃないですか。階段を登り切って出た空間。あそこに小さな椅子があるので、私、あそこでおにぎり食べてるんです」

「はい」

「あそこって、結構離れたビルの屋上が見えるんです。そこに真っ赤なベンチが置いてあるんです。コカ・コーラの。そこのベンチに……たまに誰かいるんです」

「……はい」


 滝本さんがごくりと唾をのんで背中を丸めた。

 私は楽しくなってきてアゴを組んだ手の上に載せた。


「誰がいるのか気になって、ビルの人に先日聞いたんです。でもそのビル……昔飛び下り自殺があって、屋上の出入りは禁止、常に鍵がかかってるらしいんです」

「……ええっ……」

「すぐ隣に祠がある……古いビルです……」

「……場所がわかりました。はい、ありますね……」

「私……屋上にいるのは誰なのか知りたくてスマホで写真を撮ったんです、拡大できるじゃないですか」


 私は自分のスマホに写真を表示させて、スマホごとスススと滝本さんのほうに向けた。


「そこに写っていたのは……」

「のは……?」


 拡大すると、まず人の足が見えた。それは細く長い。

 滝本さんはその画面から目が離せないで、じっと見ている。

 ……楽しくなってきた。

 ゆっくりと写真を指先で動かして……上のほうに移動させていく。

 ゴロゴロと雷が鳴り響き、雨は激しく窓ガラスを打ち付けている。

 ゆっくりと動かして……写真全体を見せると、そこには制服を着た女子高生が写っていた。

 滝本さんはごくりと唾をのんで私のほうを見た。


「これは……」

「自殺した女子高生と同じ制服……成仏できない幽霊……ではなく、ビルのオーナーの娘さんが、勝手に鍵のコピーをつくって出入りしていたようです。写真を見せたらとても感謝されて……マカロンを頂きました。これが頂いたマカロンです、どうぞ食べてください」

「っ……、ああ、ドキドキしてしまいました」


 そう言って滝本さんは「ふーーーっ」と大きく息を吐いた、

 その表情は顔がクシャクシャになるほど安堵していて、私は雷が鳴り響いているのに笑ってしまった。

 これは先日本当にあったことで、オーナーさんにとても感謝されて美味しいお菓子を頂いてしまったのだ。

 アロマキャンドルの横にお菓子が置いてあって思い出して怪談風に話してみたが、滝本さんの見たことがない表情を見られて楽しくなってしまった。

 滝本さんはマカロンを口に運んで「ふうう……」と長く息を吐いた。

 私はズイと身体を前に出した。


「次は滝本さんの番です。何か怖い話をしてください」

「ええっ……、俺はそんな風に面白く話せないですが……」

「なんでもいいですよ」

「わかりました。えっと……俺、昼間に見たんですよ……」

「はい」

「外のベンチの上に、相沢さんが洗った靴を干していたことを……」

「あーーーっ、あーーーー! 取り入れてないです、ああーーーっ……」


 私は思いっきり机に倒れてうな垂れた。

 日中天気が良かったので、ひさしぶりに坂を下る用の運動靴を洗ったのだ。

 干しておいて、入れるのを忘れていて、この雷雨! もうダメだ!

 滝本さんは「ちょっと良いですか?」と、アロマキャンドルを片手にゆっくりと歩き出した。

 光がふわふわと移動して部屋の中に影が踊る。

 歩いて行った廊下の先に……靴が取り込んでおいてあった。


「勝手に靴に触れてしまうのはどうなのかな……と悩みましたが、乾いてましたし、夜から雷雨の予報なので入れておきました」

「滝本さん、明日いつものお饅頭屋さんで大福を買ってきます、お礼です!!」

「ありがとうございます。良かったです、靴が、お饅頭に化けて」

「……化ける。なんだか話がオチましたね」

「え? あ、はい、そうですね」


 そう言って滝本さんは目じりを下げてほほ笑んだ。

 ゴロゴロと雷が鳴り響く夜。いつもはひとりでスマホをいじって電気がつくのを待っていたけど、今日は楽しかった。

 家に人がいるのって良いなあと私は思った。

 

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