第82話 おすそ分けされたのは


「男10人……ひとり4つ乗せるとして40個。去年は1キロの豚バラブロックで8つ作れたから……」


 俺は業務用ストアで豚バラブロックを6キロかごに入れた。

 どうせなら多く作って、ツマミと置いておこう。

 あとは焼き肉用の肉を買わなきゃいけないな。


 今週末、毎年恒例のアイドルフェスが軽井沢で行われる。

 このアイドルフェスは基本的に超有名アイドルグループ、青空組あおぞらぐみがメインだ。

 青空組は総勢200人をこえる巨大グループで、メイングループの青空組は曲を出せばすべてヒットするナンバーワンアイドルグループだ。

 つねにドームクラスでライブをするグループなのだが、このフェスのみ、野外で行っている。


 このフェスの面白い所は、青空組のメインメンバーと、地下アイドルが即席のグループを組んで歌うところだ。

 基本は青空組のライブなのだが、途中にマイナーアイドルと組んで歌うという構成になっていて、その中にデザロズが含まれている。

 毎年たくさんのマスコミが来ていて、専門チャンネルで配信され、海外にも流れる。

 ここで目立つ=来年のデザロズの運命が決まる……そういうフェスなのだ。

 

 俺は、このフェスだけはなるべく行こうと決めていて、年度初めに年休を申請している。

 金曜日の仕事を定時で終わらせてから皆で軽井沢に向かうのだが、到着するのは夜十時。

 次の朝も早いので到着した日の晩御飯は簡単に済ませることにしていて、最近は俺が角煮を作って持って行っている。

 実家が農家でお米がある人が米を持ってきて、大きな炊飯ジャーを持っている人がそれを持ってくる。

 そうやって得意分野を持ち寄って、デザロズオタが集まる年に一度の祭りを楽しむ。

 俺はただ料理が好きなので作ってもっていくことにしている。

 



「さて、と」


 俺は買ってきた肉をタコ糸で縛り始めた。

 正直もうこの時点で最高に楽しい。大きな肉を煮込むのは、たくさん作ったほうが美味しくなる。

 1キロの塊肉をグイグイと6つ縛り上げて焼き色をつけることにする。

 このためだけに俺は鉄のフライパンを買った。

 相沢さんの家に引っ越してきたタイミングでガス台も新規購入した。

 前の家は小さな電気コンロしかなくて、ハッキリとした焼き色をつけることが出来なかった。 

 俺はそれが、つまらなかった!

 一生使うものだからとかなり値が張ったが鉄のフライパンを購入、毎日油を馴染ませていた。

 すべて今日のために……!

 鉄のフライパンを全力で熱して肉の塊を置くとジュワワワワッと大きな音がして香ばしい匂いが広がった。

 これをしたかった! 四面すべて焼き色をつけてから肉を煮ていく。

 油が多すぎても美味しくないのだ、まずは下ゆでを。

 俺は帰宅してから三時間近く料理を楽しんでしまった。

 肉が仕上がった頃、一階から悲鳴のような声が聞こえてきた。

 それは泣き声のようにも聞こえる。

 ……何かあったんだろうか。

 俺は、恐る恐る一階に向かった。

 すると一階の廊下を真っ青な表情をして台所に向かう相沢さんがいた。

 思わず声をかける。


「悲鳴が聞こえました、大丈夫ですか」

「あっ……すいません、大声をあげてしまって。いえ……すべて私が悪いんです、私が……」


 相沢さんは眉間に大きく皺を入れて首をふるふと振った。

 同時に縛ってあるちょんまげがふるふると揺れて……正直そんな姿もかわいいと思ってしまう。

 話を聞くと、印刷所の予約ミスで二倍以上にお金が飛んで行ってしまったから、明日からのおにぎり用に白米を炊くのだと言った。

 おにぎりだけでは淋しいのでは……。俺は口を開いた。


「あの、俺、金曜日からキャンプに行くんです。今その時持って行く角煮を仕込んでいて……もし良かったら少し食べませんか?」

「えっ、ええ?! 良いんですか? なんかすごく良い匂いと音がしてるなあとは思ったんですけど、角煮?! 頂いても良いんですか?」

「はしっこが固くなってしまったんです」


 俺は苦笑した。

 ……もちろん嘘だ。角煮ははしっこが固くなっても美味しい。

 ただ俺が作った料理を、元気がない相沢さんに食べてほしい。そう思った。

 でも「キャンプに持って行くものを頂くのは悪い」。そう言うと思ったんだ。

 相沢さんは、


「せっかくキャンプ用に作ったのに……? でもはしっこ少しだけなら……あっ、私今日たくさん卵買ったんです。じゃあ私が煮卵をプレゼントするのはどうですか? 一緒に食べたらとっても美味しそうです!」

「素晴らしいアイデアだと思います」


 俺はほっとして頷いた。

 二階に戻り、角煮のはしっこの部分を切り落として煮汁と共にiwakiの耐熱ガラス保存容器に入れる。

 これはガラスで出来ているので油が多いものを入れるのに適している。油が簡単に落とせるのだ。

 なによりこのままお皿としても使えるので非常に便利だ。

 持って一階に下りていくと、相沢さんが台所で左手を腰に置いて、腰をふりふりさせながら右手で箸を動かして卵を茹でていた。そして小さな声で呟いている。

 

「煮っ卵! 角煮! 煮っ卵! 角煮!」


 っ……!

 俺はその姿をみて思わず廊下に隠れた。

 なぜ連呼しながら卵を煮ているのだろう。そんなに楽しみなんだろうか、それにさっきより元気になっていてうれしい。

 それに左右に腰が左右に揺れていて……踊っているようでかわいくて仕方がない。

 出て行ったらきっと素に戻ってしまう。

 俺は廊下の影からこっそりと見ていたが……こっそり見ているのがバレるのもヤバいだろうと思いなおした。

 階段の上に足音を立てずに『戻って』、足音を『立てて』戻ってきた。

 すると相沢さんはダンスをやめて俺のほうを見た。


「滝本さん、卵、良い感じですよ!」

「……はい。剥くのを手伝います」

「今日ワンパック99円だったので2パック買いました。良かったですー。10個茹でました!」


 そう言って相沢さんは鍋いっぱいの茹で卵を見せてくれた。

 アツアツの卵を剥いて切って見ると見事な半熟で、それを角煮のはしっこと共にご飯に載せて、煮汁をかけた。

 相沢さんは一口頬張って目を輝かせた。


「っ……!! すっごく美味しいです、すごいです、これを一週間食べます!」


 もう何より、さっきの腰をふりふりしてダンスが忘れられなくて、でも見ていたことも言えなくて、俺は、


「良かったです、本当に」


 とほほ笑んだ。

 相沢さんに少しでも食べて貰えてよかった。

 なにより、かわいい姿を見られて本当に良かった。


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