第77話 オタク同僚と偽装結婚した結果、娘が生まれて毎日がメッチャ楽しいんだけど!

「あははは!! ちょっとまって、旦那さんの顔がドロドロすぎるけど、本当に良いの?」

「いいんですか? 隆太さん」

「拭いても……無駄なので……」


 結局隆太さんは涙でドロドロな顔のまま、分娩室で記念写真を撮った。

 病院のサービスで赤ちゃんと初写真を撮ってくれるのだ。

 まあ私の顔も相当酷いが、隆太さんのほうが酷いので安心した。


「咲月さん……おつかれさまでした」


 隆太さんは泣きはらした目で、私の汗だくの髪の毛を優しく撫でてくれた。

 そして触れても良いのか……ものすごく悩みつつ、それでもゆっくりと赤ちゃんに触れた。


「!! 柔らかいですね」

「なんだと思ってるんですか、人間ですよ」


 私の言い方に部屋でまだ処理をしていた助産師さんが笑った。

 産まれた子どもには『心海ここみ』と名付けた。

 隆太さんが「初めて声を聞いたときに、海に声が広がるみたいに美しかったんです」と言ったから。

 なんだかすてき!

 私は最初に声を聞いたとき「あ~マジで人間入ってた~」としか思わなかったから。



 そして始まった育児は戦争だった。

 9割ひとりでする覚悟?……全然甘かった!

 心海が全然寝ないのだ。抱っこで寝るけど、置いたら起きる。

 「寝ないとかいうけど? 私同人誌で徹夜してたし~」と思っていたけど、自分の意思で寝ないのと、寝られないのは全然違う!

 甘すぎた!!

 

 隆太さんは産後に向けて仕事量の調整をしていて、毎日定時に帰ってきてくれた。

 そして週末の夜は心海を見てくれて、私を眠らせてくれた。


「俺がみるので、咲月さんは寝てくださいね」

「じゃあすいませんが二階で眠らせてもらいます……」

「おやすみなさい!」


 心海が寝ないのは私でも隆太さんでも変わらず……。

 週末にチャージできるので、平日は頑張れたし、悩みの共有も出来て話題も増えた。

 歩きはじめて運動量が増えると少し睡眠が整って、夜5時間くらい寝てくれるようになり、神に感謝した。

 睡眠大切! 人格崩壊するわ。




 私は会社が導入しはじめた(というか、隆太さんが導入を始めた)テレワークで仕事に復帰。

 そして先日心海が幼稚園に入園した。

 隆太さんが押し入れの奥から超長いレンズのカメラを出してきて爆笑してしまった。

 完全にドルオタアイテム!

 でも写真撮影も誰より上手でママ友に写真をプレゼントして上手に付き合っている。

 コミュニケーションの神すぎるんですけど……!!

 そのタイミングで、会社に時短で復帰した。

 復帰してからは予想通り、毎日が戦争だ。もう一秒でも惜しい。

 早く準備したいんだけど……今日も朝から心海は言うことを聞かない。

 本当に聞かない。



「ぜったいにパパとはようちえんにいかない!!」

 心海は声高々にパジャマ姿で宣言する。

「……分かったから、まず服着替えなさい。どうしてずっとパジャマのままなの? 洗濯できないんだけど」


 私は部屋中に散らばっている服をかき集めながら移動している。

 どうして色んな場所に靴下や、幼稚園で使っているハンカチが落ちているのか分からない。

 この服は着たのか、着ていないのかも分からない。

 私の服を引っ張り出してコスプレをするので、冬物のコートまで転がっている。

 心海は私の前に仁王立ちして言う。


「ここみはパパとはいかないっていってるの、ママきいてる?」

「とにかく脱いで!」


 私が叫ぶと隆太さんが心海の服を後ろから掴んで強引に脱がせる。


「はいー、脱いでー」

「パパ!! へんたい!! パパはへんたいだってせんせいにいう!!」

「はい、パス」


 隆太さんが渡してくれた服を受け取って洗濯機に投げ込む。

 時間を確認すると、洗濯機を回す時間はあるが干す時間は無さそうだ。

 今は無理。帰ってきたらやる。

 箪笥前では下着姿の心海がコロコロ転がりながら隆太さんが服を出すのを待っている。


「心海、どうしてこのピンクのスカートを履いて行かないの? お気に入りだったのに」

「このスカート、キラキラしたラメがきょうしつにたくさんおちるの。それでタクマがいじめてくるの」

「ああ……なるほど……安い服のラメは落ちるのか……」


 隆太さんは心海の服の棚を見ながら考え込んでいる。

 私に服を買い与えていた欲は、娘の心海に移動して、毎月新宿に繰り出して安い服を買ってきている。

 H&Mに二人して3時間居るのだから驚く。

 私は正直飽きて本屋に行ってしまう。

 甘やかしすぎても良いことは無いと思うけど、心海は可愛いから何でも似合ってしまう……と思う私も親ばかだ。


「この猫さんスカートは?」

「それでいい! じゃあわかった。パパといくから、おやまのコースにしてくれる?」

「お、いいよ。お山一周コースにしようか」

「わーい! じゃあいく。おむかえはママ?」

「ママだよ」

「じゃあいく!」


 切り替えが早い心海は幼稚園の園服も着ないで外に飛び出していく。

 私は慌てて隆太さんに通園バッグと帽子と園服を渡す。

 隆太さんは私の頬に軽くキスをする。


「じゃあ会社で」

「お昼一緒に食べられる?」

「大丈夫。じゃあ行ってきます」

「気を付けてー!」


 外で心海がヘルメットを自分でかぶっている。

 幼稚園児にもなると自分でしてくれるから楽だ。

 隆太さんは子乗せ電動自転車に心海をのせて家を出ていった。

 私は小さな窓から二人を見送る。


 心海が通っている幼稚園は、山を下って反対側にあるんだけど、山をぐるりと移動していくことも出来る。

 ただ坂も多いし、距離も長いし、とにかく大変なコースだ。

 私は頼まれても絶対に行かない! とても疲れる。

 でも景色が良い山の頂上や、急な下り坂があり、心海曰く「ジェットコースターよりおもしろい」らしい。

 まあ人力のアトラクションだよね……。

 

 隆太さんは頼まれるとたまにぐるりと回って登園させてくれる。

 お迎えは9割私なので、心海とゆっくり過ごせるのも嬉しいのだろう。 

 通っているのは認定子ども園なので17時まで預かってもらえるのが助かる。

 私も隆太さんも出世して、部下が育って楽になったのも幸いして、なんとか二人だけでやっている。





 お昼休み、会社近くのお店で隆太さんに会った。

 朝バタバタしているし、隆太さんは仕事で週の半分は夜一緒に食事をとれないので、二人とも会社にいるときは外で一緒に食べるようにしている。

 それに隆太さんとゆっくり二人で話すのは楽しい。

 隆太さんは食事をとりながら、スマホを取り出した。


「園庭に、短冊付きの笹が出てたよ、見た?」

「見てない。書ける子は自分で書くんでしょ? 文字ちゃんと書けてた? 心海」


 心海は女の子らしくお手紙を書くのが好きだが、文字は書きはじめたばかり。

 私に似たのか、絵のほうが上手なくらいだ。

 隆太さんは写真を自分だけ見て、そわそわしながら言った。


「今見る? 園庭行って自分で見る? 俺はめっちゃ笑ったよ」

「見せて見せて!」


 私は隆太さんのスマホを覗き込む。

 そこには心海の文字で




『にくになりたい』




 と書いてあった。

 私は頭を抱えた。


「肉に自らなっちゃうかーー」

「そりゃ咲月さんに似たんだよ。二人して肉ばっかり食べてるから」

「隆太さんが肉料理ばっかり作るからでしょー?」


 隆太さんの写真フォルダは全て心海で埋まっている。

 可愛くて可愛くて仕方ないのだと見ていて分かる。

 だったらさあ……。


「……隆太さん、そろそろこのスマホの壁紙変えない?」

「いや、これは一生これかな。もう他のにすると慣れなくて無理。落ち着かない」


 電源を入れたトップの壁紙の写真は、私のウエディングドレス姿のままだ。

 隆太さん曰く「この写真にしてから、大きな仕事が2つ決まって昇進したから、変えたくない」らしい。

 でも7年近く前の嫁の写真がトップって……さすがにもういいでしょ!

 あの頃に比べて太ったし、恥ずかしいんだけど!


「あ、分かった。じゃあ今度、3人で写真撮りません? 入園祝いとかに。それをトップにしませんか?」

「3人……? 俺が邪魔だな。というか、これはもうお守りみたいなものだから諦めてほしい。成績が落ちたら困る」

「えーーー?」


 でも私を大切に思ってくれるのは嬉しい。

 妊娠中も、出産後も、隆太さんは私を一番大切にしてくれた。

 環境が変わり、話し合いも増えたけど、お互いの立場を尊重してパパとママを出来ていると思う。

 この人だから、なんとかやってこられた。


「隆太さん」

「どうしました? 咲月さん」


 私は机の上に置かれた隆太さんの手に触れた。

 隆太さんはほほ笑んで、私の手を優しく握り返してくれる。


「大好きですよ」

「俺もです。本当に大好きです」


 ずっとずっと好きでいてくれて、大切にしてくれて、ありがとう。

 これからもよろしくお願いします。





【後書き】


 出会いから結婚出産、子どもが幼稚園児まで書ききると、感慨深いですね。

 ここで本編完結としますが、滝本家はどこかに居る気がします。

 3人でキャイキャイ車洗ったり、超絶雪だるま作ったりしてるでしょうね。

 そもそも愛の不時着にどはまりした咲月さんを書きたくてオタク妊婦編を書いたくらいなので

 また何か書きたいネタがたまったら、番外編を書くかもしれません。

 楽しんで頂けたか気になるので、評価して頂けると嬉しいです。感想もお待ちしております。


 ここまで読んでいただき、ほんとうにありがとうございました。



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オタク同僚と偽装結婚した結果、毎日がメッチャ楽しいんだけど! コイル @sousaku-coil

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