第52話 オタクとして強すぎる
「ローズ艦隊ラリマー艦長、おはようございます」
「恋結軍軍務省第三管区軍事研究所主席分析官滝本、おはようございます」
滝本さんはラリマー艦長と呼んだ人に向かってピシッと敬礼した。
軍ネタは銀河英雄伝説止まりで、よく分からない。
でもなんだかカッコいいので、私は静かに見守ることにした。
今日私はデザロズとの和平交渉にお邪魔している。
なぜこんなことになったかと言うと、私が書いたデザロズの絵がバズってしまったからだ。
話は隆太さんの誕生日まで戻る。
隆太さんが私の誕生日に「何がほしい?」と聞いてくれたので私も隆太さんに聞いたのだ。
すると答えは「結婚写真を撮りたい」だった。
完全に忘れていたのだが、撮りたいというなら良いですよ~と隆太さんが選びに選んだホテルで撮影した。
これがまた完全に「私を100点にして撮りたい!!」だけのスペシャルプログラム状態で驚いた。
全身エステありマッサージあり美容院ありメイクあり。
ただの私の天国タイムだった。
隆太さんは盛りに盛った私に感動して、沢山写真を購入した。
「ありがとうございます、最高の誕生日プレゼントになりました!」
隆太さんはとても嬉しそうだったけど、どう考えても私が気持ちよかっただけなのが気になっていた。
何か隆太さんが喜ぶことを一つくらい出来ないものか。
そう考えた私が思いついたのが、デザロズの絵を書くことだったのだ。
調べてみるとデザロズはもう似顔絵的な絵は作ってあった。
でもあまり可愛くないというか少し古いのだ。
もう少し今どきの絵に出来ないかな……。
そして基本は今までの流れを汲むこと。
歴史や設定今までのキャラをガン無視で書いても仕方ないのだ。
素質を見出して書く! 楽しくなってきた!
私の絵柄はわりとあっさりしてるから、もっと可愛い路線にしよう。
一度書いて見たかったんだよね。
私は真面目に分析して絵を仕上げた。
「隆太さん、じゃじゃーん、これ見て下さい! めっちゃ頑張りましたよー!」
ある朝、一緒に会社にいく通勤電車の中でやっと完成した絵を見せた。
私は基本的に同人誌のカラー表紙でも2日かければ頑張ったほうだ。
でも今回のデザロズの絵は4日くらいかかってしまった。ふう、力作!
喜んでくれるかな! と思ったら、横で隆太さんが石のようになっている。
あれ? 駄目だった?
絵を全体で3分ほど見つめて、キュッ……と拡大。
ひとりずつしっかり眺めて、こだわってデザインした衣装もちゃんと見て、たっぷり10分ほど沈黙を続けた隆太さんは真顔で言った。
「頑張りました……? ええ、まさか咲月さんが書いたわけじゃないですよね……? 絵柄が全然違いますよ……?」
「書き分けくらい出来ますよ。一応職業デザイナーなんですけど。ていうか同じ会社ですよね?」
「見た事がない非常に斬新な衣装……しかしこのイヤリングはファーストシングルの時象徴として付けた通信機で、そこだけが共通しているのに、新衣装がここまで斬新だと逆に興味を引きますね。それにこの集合絵として立ち位置が曲を表している。アユがセンターにいるということは、ダンス的にハードな曲ということを示しています……デザロズには今まで無かった斬新な仕掛け……それに深い理解……これは一体……」
隆太さんは私たち腐女子がネットにUPされた雑誌の小さい新規絵見て興奮してるみたいになってる。
「ライブとか考察とか設定とか読んで書いてみました」
「この腕のリングは……?」
「デビュー前は6人だったと読みました。でもケガで諦めたんですよね? だから意思を継ぐ的な意味で……」
「……尊いです」
「隆太さん、通勤列車で言う言葉では無いのでは……」
「背景の舞台はどこなんですか?」
「ミイちゃんの出身惑星の設定が面白いなと思ったんですよ。たった一人しかいない最後の生き残り」
「そうなんです、生かされてない設定なんです!」
「……声大きくないですか?」
「……尊すぎて無理なんです」
隆太さんは驚きながらも、それをTwitterにUPしていた。
直後から物凄い勢いで伸びて、最後には万のRTを超えて私の腐女子アカまで飛んできて、速攻ワラビちゃんに「黒井さん、あの絵、気合入りすぎじゃないですか」とDMで突っ込まれた。
さすがワラビちゃん、隆太さんのアカウント見てて私の絵も知ってれば当然気が付くか。
その三日後。
私は帰宅した隆太さんに呼び出された。
曰く「デザロズの社長が、私に会いたがっている」と。
そして今、私は「和平交渉」という名の会議にチョコンと出席している。
隆太さんに「最初だけ変な名前で呼び合うけど、それは儀式だから」と聞かされていたが、本当だったようだ。
ラリマー艦長さんは普通に私に話しかけてきた。
「滝本咲月さん、初めまして。デザロズの社長をしているラリマー艦長と申します」
「初めまして、滝本さんの奥様してます、咲月です」
「奥様している……殺傷能力が高いぞ……滝本の秘密兵器は強すぎるぞ!! おい、みんな生きてるか、戦場で死ぬな!!」
突然ラリマー艦長が叫んで後ろを振り向くと、会議室にいた人の10割が机に倒れていた。
可愛いと褒めてくれているのだろうが、今この部屋には女は私一人だ。
そりゃなんでも可愛い気がするが……とりあえず軽くお礼を言う以外に道がない。
「イラスト拝見しました。素晴らしい能力ですね、デザロズの5人もとても気に入ってまして、この書いてある衣装や小物のコンセプトをお聞きしたくてお呼びしました」
「そうですね、宇宙人アイドルという設定が衣装にあまり生きていないというのを隆太さんからうかがっていたので、これは衣装ではなくて、身体そのものという設定で書いてみました。肌色から服の色に徐々に変化してるんです。だから遠目でみるとすごくエッチかなと思いまして。本当に作るならフィギュアスケートの肌色の部分ありますよね、あんな感じの肌色素材を使うと良いと思います」
最近仕事で説明することが増えてきたので、話を組み立てるのが上手くなってきた気がする。
ラリマー艦長と名乗っている男性は、たぶん年齢は長谷川さんくらいだろう。
温和で丁寧に私の話を聞いてくれて、衣装デザイナーさんを呼び、更に話し合った。
「ありがとうございます。次の新曲で必ず市場を制圧しますので」
制圧……? 売れるってことかな??
二時間近い会議……じゃないや、和平交渉になったけど、私は個人的には楽しかった。
歩きながら駅に向かう。
横を見ると隆太さんがとても優しい瞳で私を見ていた。
そして手を握ってくれた。
「……ありがとうございました。デザロズに関わって頂くことになるなんて……考えてもいませんでした」
「これで私も恋結軍の一員ですかね。やはり一兵卒からでしょうか? あれ言葉合ってるのかな?」
と言ったら、滝本さんは私を優しく抱き寄せて頭を撫でてくれた。
私は抱きしめられた状態で、少し「むー」とする。
その表情に気が付いた隆太さんが慌てる。
「どうかしましたか?」
「私、絵を書いた理由は、ただ隆太さんに喜んで欲しかったんですよね……。ライブ全部みて考察も読んで、わりとちゃんと頑張ったから、隆太さん喜んでくれるかなーと思ったら、盛り込んだ設定ばかり興奮して語って、オタクとしては合格したかもしれないんですけど、プレゼントなのに……」
隆太さんはサーッ……と青ざめる。
「すいません……まず初動でミスをしました。咲月さんが書かれた絵だと本気で理解出来なかったのです。絵柄が全然違うし。それに俺たちデザロズを応援している人間がこういう風にプレゼンしてくれる人がいたら最高なのにと思っていた絵が目の前にあって、そして仕上がりが完璧すぎたのです。盛り込まれた設定と、そこに含まれるプレゼンに夢中になってしまって……言い訳です……」
「なるほど、オタク心をくすぐりすぎましたね。一生懸命書いた絵が1000RTで止まって石油王の義勇さんが1万RTのと同じでしょうか……」
絵書きあるある、本気で書いた絵の方が評価されない。
絵書きあるある、適当で書いた絵&焼肉の写真の方がファボられる……。
「咲月さん、あの本当に嬉しかったです。何より咲月さんが俺が喜ぶことを考えてくれたのが嬉しかったです」
「良いんですよ……えっと……恋結軍軍務省第三管区軍事研究所主席分析官滝本さん……分析がお仕事なんですよね……?」
「あっ、どこで名刺を入手したんですか!」
隆太さんは私を捕まえるように抱き寄せた。
そして私のオデコにトン……と自分のオデコをぶつけて言う。
「咲月さん……オタクとして強すぎませんか……」
「それ褒めてますか?」
「とても褒めてます。そしてとても嬉しいです……ありがとうございます……」
「えへへ。喜んで貰えたなら、もうそれでいいです。いやあ、ちょっと頑張っちゃいましたね」
「本当ですよ、頑張りすぎですよ、分かりませんでしたよ」
「デザロズ売れるといいですね、私好きですよ」
「頑張ります!」
私と隆太さんは手を繋いで電車に乗って帰った。
「仲間」に認定された私は後日、恋結軍軍務省第三管区軍事研究所主席分析官補佐・滝本咲月という素敵な名刺を貰った。
名前が長くてカッコイイ―!
今度のイベントのアフターで配ろうっと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます