第50話 最高の誕生日?

「まずはお布団を外に出して、空間を作りましょうか。埃が付くのは良くないですから」

「わかりました」


 私は掛け布団を掴んで歩き始めた。

 すると後ろから隆太さんが付いてきてくれて、玄関のドアを開けてくれる。


「……ありがとうございます」

「物干し台、出してありますよ」

「はい」


 隆太さんはこう、小さく先が読めて助けてくれるのだ。

 そんなことが私は嬉しい。

 二人で布団を干して、シーツも洗濯機に入れて、マットを変えるのでベッドも一度どかす事にした。

 ベッドをテレビがあるリビングに移動させる。

 隆太さんはその状態を見て言った。


「……ずっとここにベッドがあってもいいですよ?」

「隆太さん、エッチな意味で言ってますよね」

「そうですね、10割エッチな意味で言ってます」


 最近隆太さんは、私の【気持ちがいい場所】を分かってきてしまい、本当に困ってしまう。

 隆太さんは自分勝手に動かないのだ。

 私が眠そうにしたら途中で止めて撫でて眠らせてくれるし、私が気持ち良さそうにしてると、いつまでも続ける。

 だから全然イヤじゃなくて、いつも受け入れてしまうのだ。

 優しくて、ズルい。

 私は隆太さんの腕を引っ張って、頬に唇を寄せる。

 そうするとほら、絶対に返してくれる。

 好きだなあと自然に思えるのだ。


「パソコンの周辺機器がすごいですね」

「これはもう職業病です」


 私は苦笑した。

 基本的に漫画は机に広げて使える巨大タブレット 21.5インチを使っている。

 画面すべてに絵が書けて、PCにもなっている優れものだが、机を占領する巨大サイズだ。

 タブレットPCはノートのように机の真ん中に広げてあり、その前に配信や映画を見る用のモニターが2つ置いてある。

 それはタワー型PCに繋がっていて、スキャナー、プリンターがついている。

 デスクはL字で、椅子はアーロンチェアで、もはやちょっとした会社。

 真後ろには本棚、左右には漫画や資料が積み上げてあり、居心地最高な秘密基地!

 休みはここで食事するし、隣がベッドなので眠くなったらダイブして寝る。

 神のスペース……!!

 ただ……


「ここに引っ越して10年。一度もマットを持ち上げて掃除してないですね。机の重さが異次元なんです」

「これだけのPCを載せられるのだから、そうでしょうね。役に立てて嬉しいです」


 隆太さんはすべての電源が落ちていることを確認して、バシバシPCをリビングに運んでいく。

 そして出てくるのは埃、ゴミ……いやぁぁぁ!!

 全てどかして、私と隆太さんは机を持ち上げてどかした。

 机が重すぎて絨毯にめり込んでいた。こんなのやっぱり一人じゃ無理だった!

 

 すると机の裏側にあった色々なものが出てきた。

 ちょっと待って、ヤバい本じゃない?!

 私は駆け寄って確認したが……それはアルバムだった。


「ひょっとして、昔の咲月さんが写ってますか?」

「そうですね、引っ越した時から行方不明だったので……なるほど、机の裏側にあったんですね」

「とてもとても、とても見たいです。とても見たいので先に掃除を済ませましょう」

「とてもの数が多すぎてインフレ起こしてるんですけど……」


 私の言葉など隆太さんには届いていない。

 一気にボルテージを上げて古いマットレスを巻いて室伏ぶりの速度で外に投げ捨て、目にも見えない速度で部屋の床拭きをして磨き上げていく。

 その間私は手伝いながら「あのアルバム何が入ってたっけな……?」と思い出そうとするが、記憶があいまいだ。

 なにしろ10年前に紛失したと思っていたのだから。


 隆太さんが準備してくれた薄い敷き詰める型のマットレスのようなものを敷き詰め、デスクとPCを戻してスキャナーを繋いでみた。

 すると普通に動いた。良かった。壊れたんじゃなかったのね。

 お城周辺が信じられないほど美しくなり、私は嬉しくなってアーロンでくるくる回った。

 このマットなら段差もないから、椅子も動きやすい。素敵。

 私がウキウキしていると、戻したベッドの上にシーツをセッティングして、外から布団も持ってきてくれた隆太さんが座って私を見ていた。


「アルバムを、拝見したいのですが」

「……先にちょっと確認して良いですか?」


 私はアーロンの上に膝を立ててアルバムを隆太さんから見えないようにしてパラパラとめくった。

 うん……うわー、うん、問題は無さそうだったので、私はアルバムを持って隆太さんの横に座った。

 今まで見た事がないほど隆太さんの瞳が輝いていて、少し困惑してしまう。


「実家から持ってきた子供の頃の写真がメインでした。そんな面白いものじゃないですよ」

「咲月さん、面白いとはそれを見せる人間が決めるのではないのです、受け取った側が発する気持ちです」

「敏腕編集さんみたいですけど……うーん、これ、あれですよ、隆太さんもご実家で見せてくださいね」

「母に伝えておきます」


 ええー……。ここまで言質取っても恥ずかしいけど、お誕生日を全力で祝ってくれている隆太さんだし……、私はアルバムを横で開いた。

 写真は0才からあった。兄が赤ちゃんの私を見ているものだ。

 これは実家ではがきの物をみたことがあった。娘が生まれました……的に撮った写真だと思う。

 最初から隆太さんは頭を抱える。


「はあああ……赤ちゃんの頃からめっちゃ可愛いですね。なんですかこのキラキラした目は」

「あーー、もういいです、もう1ページ目で恥ずかしい、無理!」

「さあ早く次を!!」

「ええー……」


 隆太さんは一枚一枚に過激に反応して、なんならベッドに倒れながら私のアルバムを堪能した。

 小学校低学年のリレーの選手になり、メダルを手にしている写真をみては「足が速かったんですか?」と聞き、演劇をしている写真を見ては「何をしたんです?」と聞いてくれた。

 最初は恥ずかしかったけど、今の私だけじゃなくて、昔の私にも興味があるのか……と少し嬉しくなった。

 最後に入っていたのは、スケッチをプリントしたものだった。


「これは?」

「これこそですね、私がスキャナーを戻したかった理由なんです。この前旅行行った時も私、スケッチブックに絵を書いていたじゃないですか」

「そういえば、何か書かれてましたね」

「わりと旅行にいくとスケッチブックに鉛筆で書くのですが、どこかに行ってしまいがちなので、スキャンして写真プリントしてるんです。これは高校の卒業旅行で行った北海道ですね」

「旅行では何を書いてたんですか?」

「隆太さんと海辺を歩いたじゃないですか、あの絵です」


 私は小さなスケッチブックを出した。

 鉛筆で書いてるから写メっても薄くて綺麗に残らないのだ。

 他にも何枚か……実はこっそり隆太さんを書いた。

 隆太さんは黙ってスケッチブックの絵を何枚も見ている。

 私は恥ずかしくなって「それをスキャンしたかったんですよ」と言いながら取り戻そうとしたら、隆太さんに引き寄せられた。

 声も身体も震えている。


「……何を、勝手に、書いてるんですか」

「……すいません」


 隆太さんは少し泣いているようだった。

 背中に手を回して、優しく撫でる。

 私は隆太さんが泣いてしまう所、ぜんぜん嫌いじゃない。

 むしろ、好きだ。


「……結婚してから、涙腺が壊れてしまいました」 

「わりと上手に書けたので、取っておこうと思ったんです」


 私は身体を離して隆太さんの涙に唇を寄せた。

 隆太さんは「ちょっとまってくださいね」とティッシュを引き寄せて鼻をかんでいた。

 私はふと思い出したことを隆太さんに聞いてみることにした。


「あの、聞くのは良くないかなと思ってたんですけど、ひとつ良いですか。私は勝手に隆太さんの絵を書いてましたけど、隆太さん……私のことを歌にしてるって聞きましたけど……?」

「お昼のパスタでも茹でましょうか」


 会話が繋がってない、ダメ脚本ここに極まる。

 実はワラビちゃんから聞いていたのだ、隆太さんがわりと有名なボカロPで、しかも最近の恋愛ソングが評判でかなりの再生数に上り、有名な配信者が歌い、CDにも使われたと聞いた。

 隆太さんは「網戸を外してパスタですね……」と逃げ出そうとするので、私は肩をガシッと掴んだ。


「アルバムも絵も見せましたよね?」

「カルボナーラとボロネーゼ、どちらが良いですか?」

「隆太さん。今まで見て見ぬふりしてきましたけど、Twitter見ますよ?」

「……そうですね、フェアじゃないですね」


 隆太さんは曲を聞かせてくれた。

 そこから流れてきたのは、身もだえるほど私の事だった。

 恥ずかしくて悲鳴をあげて布団に丸まってしまう。


「隆太さん、これ……めっちゃ旅行の歌じゃないですか!」

「そうですね、一緒にみた朝日がテーマになりました。素晴らしい仕上がりになったと思います。この遠くで響いている音は波の速度と同じにしました。そして出だしの音の広がりはあの一緒にみたあの雲の美しさを表現しました。この音の展開が美しく決まったのが気に入っています」


 隆太さんは曲について雄弁に話しているけど、私はもう歌詞が恥ずかしくて。



 夜中3時に走り出した道

 眠る横顔に触れたくて、指を伸ばした

 まわりなんて知らない、止められない

 

 何もかも信じられないままだよ

 こんなに好きになっていいのかな

 僕だけの君でいてほしい



「どうしましたか?」

 隆太さんは曲について語っているのに、反応がない事に気が付いたのか布団に丸まった私に気が付いて覗き込んでくる。

「よくこんな歌詞を……恥ずかしげもなく……!」

「歌詞は色々考えたのですが、旅行をテーマに曲を作ってしまったら、咲月さんのことしか浮かばなくて……性格上、嫌がられると思ったので言えませんでした」


 隆太さんは少し悲しそうにしている。

 私は布団から顔だけ出して


「……怒っては無いですよ、ただ、ものすごく恥ずかしいです」

「今度は気を付けます……」

「あの……!」


 あまりにしょげているので、私はムクリと布団から出た。


「恥ずかしいから、私は聞けないですけど、隆太さんの素直な気持ちは嬉しいです」


 歌詞は素直に私への気持ちが歌われていて、イヤな気持ちになるものでは無かった。

 ただ歌詞だから仕方ないけれど、ストレートすぎて……!


「この曲の評判が良くて、依頼が増えました。恥ずかしい思いをさせて申し訳ないのですが、今まで通りスルーしてください。今度出るアルバムには入れますけどスルーしてください」

「なっ……!! スルーします、もう見ません……そうします……」


 私は再び布団に丸まった。

 やっぱり隆太さん、色々とズルすぎる。


 隆太さんは布団の中に手を伸ばしてきて、私の頬に、耳に触れた。

 そして耳たぶに触れながら人差し指で首筋に触れる。

 私はモゾモゾと布団から出てきた。

 隆太さんは両耳に触れていた手を大きく広げて私の頭を引き寄せて唇を優しく吸う。


「……怒ってますか? もうしません……」


 隆太さんはまだ少し悲しそうだ。

 私は隆太さんを引き寄せて頬に唇を落とした。

 どうしようもなく丁寧に謝るのに、歌詞ではあれほどストレートに私に言葉を投げつける人。


「隆太さんは……ズルいです」

「……キスしていいですか?」

 

 私は静かに頷いて目を閉じた。

 唇に優しく触れる隆太さんを感じた。


 今日は私の誕生日。

 人生史上最高に恥ずかしくて、最高に楽しい日になった。


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