第47話 魔力がほしい
「滝本、
「挨拶行ってきます。長谷川さん、湊本さんみえてますよ。お酒はこれで良いんですか?」
「サンキュ、行ってくるわ」
俺たち営業にとってイベントは全て挨拶の場所だ。
うちの会社はオフィス街にあるのだが、一歩入ると古い商店街がある。
社長はこの商店街の方々と親睦が深く、花見には地元の名士の方も来て下さるので、挨拶は欠かせない。
ITの会社と合併しても、俺たちは基本的に文房具屋で、小売店の方々は大切な顧客だ。
「滝本くん、久しぶりだね」
「三本さん、こんにちは。最近ご無沙汰で申し訳ないです」
三本さんは商店街の奥にある小さな喫茶店のマスターだ。
うちが輸入しているノートのファンで、お店に商品として置いてくれている。
店頭にもお客の交流ノートとして置かれていて、そこには小さな会話が生まれている。
俺はその店がとても好きだ。
ただ三本さんのお店はなぜか電波がまるで入らないのだ。
最近ではそれを売りにして、Wi-Fiも置いてない。
のんびりとしたマスターらしいが、営業としては使いにくい。
「聞いたよ、結婚したんだって。どの子?」
「デザイン部の相沢咲月さんという方です。今奥にいますね、黒い上着の……」
咲月さんを探すとデザイン部が集まってるブロックに居た。
俺が買った温かいダウンの上着を頬まで上げて寒そうにしている。
視線に気が付いたのか、ダウンから顔をニョコと出して、小さく手を振ってくれた。
……可愛すぎる。
「あの子? 美人さんだね~! そういえば最近よく清川くんが食事にきてくれるよ。新しいノートも彼が持ってきたんだけど、気に入ったから多めに入れたよ」
「そうですか、良かったです」
答えながら少し疑問に思う。
清川は情報大好きだから、電波が入らないあの店を使うのは珍しい気がする。
ランチでも気に入ってるのかな。
三本さんの世間話を聞きながら、咲月さんの方を気にする。
大きな笑い声が聞こえてくるからだ。
見るとデザイン部の女の子達と商店街の男たちが楽しそうに騒いでいる。
あれはスーパーの息子と……酒屋の息子だろうか。
真ん中にいるのは瀬川さんだ。飲み会が好きなのだろう、毎年楽しそうだ。
デザイン部は女の子が多いので、飲み会になると男たちが寄ってくる。
咲月さんは持参した温かいお茶をサーモスで飲みながらダウンに丸まっている。
公園のトイレに頻繁に行きたくないから飲まないと俺に宣言していた。
瀬川さんたちから離れていたので安心していたが、男が一人、咲月さんのほうを見た。
そしてビールを持って近づいていき「飲まないんですか?」と言った感じで話しかけている。
俺は内臓を掴まれたような気持ち悪さに表情を歪める。
咲月さんは手を振って断っている。
男は一度戻り、今度は缶チューハイを持って咲月さんに渡そうとしている。
……イライラする。
咲月さんは断ってるじゃないか。
男は再び戻り、日本酒を持ってきた。
そして咲月さんの隣に座ろうとした。
俺は我慢が出来なくなり、三本さんに一言断りを入れて、咲月さんのほうに歩き出した。
そして男の前の座り、言った。
「嫌がってる方にお酒を飲ませないほうが良いと思います」
咲月さんはハッ……と俺の顔を見て、腕をキュ……と握ってくれた。
男は完全に酔っていて「そっか、ごめんねー」と軽く笑いながら去っていく。
「あの、滝本さん。乾さんのとこ行きますか? 私もお仕事の話をするので、一緒にいいですか」
「……はい、もちろん」
全身の力が抜けて大きくため息をついた。
長谷川さんが近くにいなくて良かった。
俺の表情は百面相のように変わっていたと思う。
咲月さんを立たせてブルーシートの上を一緒に歩く。
咲月さんはオタ活が忙しいので、飲み会の99%に出席しない。
それは俺をとても安心させているのだけど、この花見は昼間に全員参加で行われる。
去年は気にして無かったけど、酔った男が多すぎる。
俺は気を取り直して咲月さんに話しかける。
「……乾さんとは何のお仕事をされるんですか?」
「夏祭りのポスター制作です。去年も私が担当したんですよ」
「あのイラストが可愛かったものですね、覚えてます」
「それと……」
咲月さんは俺の腕をツイと引っ張って耳元で小さな声で言う。
「しつこくお酒を勧められて困ってました。助けてくれてありがとうございます」
「すいません、我慢できなくて」
俺が言うと、咲月さんは分厚いコートの袖から小指だけを出して、俺の小指にチョコンと触れ合わせた。
「仕事だと分かっているのですが大勢で騒ぐ飲み会は苦手です……昨日が幸せすぎました」
「……同意見です……」
俺たちは目を合わせてクスリと笑って、ばれないように指先を小さく絡ませた。
乾さんは70才すぎのジェントルマンで、駅前で小さなテーラーをしている。
スーツオタクで咲月さんが毎年楽しそうに打ち合わせしているのを知っている。
飲み会が終るまで咲月さんを乾さんの所に匿っておこう。
そうしよう!!
「隆太さん!」
待ち合わせ場所、新宿西口ロッカー付近にもう咲月さんが待っていた。
俺は挨拶が多くて、花見会場を出るのが遅くなっていた。
走り寄り、無言で抱き寄せる。
ふわりと香る咲月さんの香りに安堵して深く息を吐く。
「……隆太さん?」
咲月さんが俺の胸元から目だけ上げてモゴモゴというが、俺は気にせず抱きしめる。
知らない男が近づいただけで、こんなに苛立ってるんだから、もし誰かが触れたら何をするか分からない。
咲月さんがオタクで良かった。毎日17時に帰って飲み会に参加しない人で良かった。
仕事だと分かっていても、イヤで仕方ない。
咲月さんは胸元から手をよいしょと出して、俺の背中を撫でてくれた。
「疲れちゃいましたか? 私も疲れましたし……デパ地下でお惣菜買って家に帰って甘えんぼ大会でもしますか」
「……なんですか、その会。初めて聞きました。……デパ地下にして甘えんぼ大会の開催をお願いします」
「美味しいお肉を買ってかえりましょう」
咲月さんは俺の胸元に顔をつっこみながらほほ笑んだ。
頭を撫でながら引き寄せて、唇にキスを落とす。
嬉しそうに抱き着いてくる咲月さんが可愛くて、俺は舌で唇を開かせて深く口づける。
咲月さんがピクリと反応する。
可愛い。
「……隆太さんって、外でキスするの、好きですよね」
「ただ我慢ができないだけです」
「早く買って家でしましょう?」
咲月さんが可愛くて俺は手を強く握った。
そしてデパ地下に行き、美味しそうなお惣菜を買った。
家に帰り、咲月さん曰く「甘えんぼ大会」を開催した。
咲月さんが後ろに座って、俺が膝の中に入り、頭を撫でてくれるのだが……咲月さんが小さくて俺が収まりきらない。
最後にはヨジヨジと登ってきて、後ろから頭を抱きしめてくれた。
そして耳元にキスをして頬ずりをする。
「これが甘えんぼ大会の内容です。ちなみに今決めました」
「素晴らしい会ですね、毎日の開催を望みます」
「なんと甘えんぼな!」
咲月さんはビールを飲み、楽しそうに笑った。
そして俺も咲月さんに甘えんぼ大会を開催した。
「飲み会おつかれさまでした」
「もう来年まで行きません~~絶対イヤです~~」
咲月さんは俺に撫でられて気持ち良さそうに目を細めた。
好きで好きで、家に閉じ込めてしまいたいと本気で思う。
でも会社で仕事をバリバリしている咲月さんも本当に好きなんだ。
今年から課長に昇進すると聞いた。
バリアが張れる指輪の開発が急がれる……。
「……〇ード・オブ・ザ・リングの続きでも見ましょうか」
「お! いいですね!」
俺たちは甘えんぼ大会しながら映画を見た。
指輪、裏の川に落ちてないかな……魔力は90%オフで良いんだけど……。
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