二人は新婚さん

第46話 春の日に

「ひっ……! 隆太さん、7時半ですよ!!」

「……アラームに気が付きませんでしたね。あ……咲月さん、今日振替休日で会社休みですよ」

「……本当ですね。はぁぁ……驚きました……」


 私は布団にもう一度崩れ落ちた。

 さっきまで隆太さんと一緒に眠っていたお布団はまだ温かい。

 私はスマホを投げ捨てて隆太さんの胸にモゾモゾと入っていく。

 良い匂い……。

 うと……と目を閉じた私の頬に隆太さんが触れる。


「ズルいですね。咲月さんはすぐ二度寝できるけど、俺は無理ですよ」

「おやすみなさい……」

「……咲月?」


 隆太さんは優しい声で私の名を呼び捨て、オデコに唇を落として顔を覗き込む。

 呼び捨てにする時は、もはや合図のようになっていた。

 ……ズルいのは隆太さんだ。

 私は頬に唇を返して抱き着いた。

 

 起きた時は少し冷たくなっていた肌が、触れ合うと境界線が分からなくなる。

 それが気持ちよくて大好きだ。

 隆太さんは、私の背中を撫でて耳に唇を落とした。

 甘い音に目を伏せる。

 



 正式に夫婦になって三か月経った。

 私と隆太さんは相変わらず、週末はどちらかの布団で眠り、平日はオタ活動を楽しんでいる。

 でも今日は月曜日の振替休日なのに間違えて早起きしてしまった。 

 隆太さんもライブがなく、私も締め切りがない。

 

 間違えたけど、ラッキーな気がする。

 時間がたっぷりあるのだ。


「隆太さん。せっかく早起きしたんですから、お昼ご飯、外でお花見しませんか」

「あの桜の木ですか。良いですね、鶏肉がありますよ。焼きましょうか」

「なんと我が家には七輪があるんですよ! 裏庭なら大丈夫だと思います」


 一度一人で焼肉した時に使ったので着火剤も炭もあった気がする。

 そしてうちの裏庭は線路に向かって大きく開いていて、少し下に住んでいる竹をくれたおじいちゃんはたまに焚火をしている。

 ご近所的にも問題はない。


「では適当に朝ごはんを済ませましょうか。咲月さん何か食べ物ありますか?」

「お茶漬け適当に食べちゃいます。隆太さんは?」

「俺も昨日の残りのパン食べてきますね」


 私たちは一階と二階に別れて適当に朝食を取ることにした。

 朝食って食べながら、昨日の夜流れたTwitterのログをチェックしてファボしたり、リプを返したいから、一人のが気楽だ。

 どうやら隆太さんも同じようで、上から音楽が流れてきたりする。

 オタクの朝はとても貴重!


 まず洗濯だ。

 外を覗いたら天気が良さそうなので、シーツも洗うことにした。

 ふと横を見たら、さっきまで隆太さんと寝ていたベッドの横……パソコンデスクの上に高さ60cmほどの本タワーが出来ていることに気が付いた。


 たぶんだけど、このタワー。

 隆太さんとこのベッドで初めて一緒に眠る前に片づけたのが最後だわ。

 かなり育ってる。

 横でわりと動いてるんだけど、よく倒れないな……。


 私はそれを書庫に運び始めた。

 そして手に取って気が付いた。


 一番下のサッカー漫画、これ新年会が終ったあとに駅の本屋で買ったんだ。

 うちの会社の新年会はホテルで行うんだけど、合併したこともあって、今年はかなり豪華になっていた。

 何より毎年恒例のローストビーフちゃんのお肉のランクが上がってて美味しかった……。


 その上は、Amazonで一気買いしたバレエ漫画。これが届いた朝、隆太さんと寝ていた。

 待たせるのも悪いから、裸の上に隆太さんのスウェット着て出ようとしたら隆太さんが私を布団で捕獲して、受け取りに行ってくれたんだ。 

 戻ってきた隆太さんは「薄着で配達物を受け取りに出るとか、寝起きの顔で外に出るとか、ダメですからね」と布団でくるくる巻きになった私を窘めた。

 あれ以来配達受け取りは昼過ぎにしている。

 前は部屋着を着て眠っていたから、そのまま受け取りに出られたけど、今は違うから少し困る。


 積み上げてある本と、思い出がシンクロしているのが嬉しい。

 あ、この本まだ読んでないわ。置いとこ。




「咲月さん、洗濯終わってましたよ」


 視界に入ってきた隆太さんを見て、漫画読みながら二度寝したのだと気が付いた。

 相変わらず、すぐ寝てしまう。

 私は腕を広げて伸びをする。


「……隆太さん、抱っこ」

「咲月さんはシーツがないお布団の上で寝るのが好きですね」


 そう言いながら隆太さんは私を優しく抱き寄せてくれた。

 数えきれないほど身体を重ねているけど、一度だって適当に扱われたことがない。

 いつも慈しむように優しく愛してくれる。


「隆太さん、大好きですよ」


 隆太さんは目を細めてほほ笑み、唇にキスを落として、優しく抱き寄せてくれた。

 そして上着の裾から大きな手を入れて、指先で腰を撫でる。


「咲月さんの肌に触れるのが大好きなんです」


 くっついていると眠りそうだったので、気合で起きた。

 そして洗ったシーツを外に運ぶ作業を隆太さんも手伝ってくれた。

 裏庭に広げてある洗濯物干しに同時に声をかけあって「よいしょ」と干した。

 3月の風がシーツの間を走り抜けていく。


 そしてなんと私が二度寝している間に隆太さんが七輪に炭を入れて火をつけていてくれた。


「炭は火をつけて一時間くらいしないと安定しないですから」

「! だから私が一人で焼肉した時、すべての肉がファイヤーしたんですね」

「そうですね、焼肉屋さんの炭はかなり安定してから持ってきてると思います」

「だから火柱で前髪燃えたんだ!」

「え、それは……! 会社はどうしたんですか……あ。一時期前髪短い時期がありましたね」


 私は恥ずかしくなって自分の前髪をパチンと叩いて隠した。

 余計なことを言った!


「そうだ、ありました。珍しいな、可愛いなと思ったから覚えてるんですよ」


 そう言って隆太さんは私が前髪を隠した手に唇を落とす。

 私は隙間から睨んで言う。


「すごく幼くなるからイヤなんです、短くするのは」

「これからは俺が焼くから大丈夫ですよ。七輪でお肉焼くの大好きなんです」


 なんと神か……! 

 私は食べることしか好きじゃないです。

 

 隆太さんが準備してくれたシートに座って、頭上の桜を見ていた。

 裏庭にある桜の木は、樹齢50年ほどだと聞いている。

 大きくてたっぷりと花をつけるのに、庭にあるので我が家専用だ。

 三月の後半の今、満開に近くて最高に美しい。

 隆太さんがお肉を焼きながら聞いて来る。


「あっちの花壇とか、前はお花があったんですか?」

「おばあちゃんが居たころはあったんですけど、私はお花の面倒を見る才能がなくて無理でした」

「手間がかかりますよね」

「育てられる人は凄いと思います」

「花の種類も関係ありそうですけどね」


 隆太さんは花壇の話をしているが、正直私はパリパリに焼けてきている鶏肉に夢中だ。

 ふちが黒くなった頃、隆太さんは網から下ろして私のお皿にくれた。

 それを口に運ぶと、お肉の部分は柔らかいのに、香ばしくて、最高に美味しかった。


「もっと食べたいです!」

「焼きましょう」


 私たちは満開の桜を見ながらお肉を食べて温かい焼酎お湯割りを飲んだ。

 そして寒くなったら家から毛布を持ってきて二人で丸まった。


「家でするお花見は寒くなったら毛布に包まれるのが幸せです」

「ああ……明日は会社の花見ですね。温かいコートで行きましょう」


 隆太さんは毛布の中で私を抱っこしながら言った。

 会社の花見は毎年近くの公園でするんだけど、毎年本当に寒い。

 寒いのに昼からビールを飲むから質が悪い。

 

 私は毛布の中で隆太さんの頬に唇を寄せて甘く抱きつく。


「でも夕方前に帰れますよ。隆太さんと帰りたいです。帰れますか?」

「大丈夫だと思います。新宿でご飯しましょうか」

「やったー!」


 私たちは毛布の中でコロコロと戯れながらキスをする。

 毛布にたくさんついた桜の花びらが、ふわりと舞った。


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