第39話 営業車と鍛錬の時

 千葉の工場に向かうために営業車に荷物を積み込む。

 今日はフードコートのタブレットを製造してくれる会社に行く日だ。

 正直禁断の寝室を覗いて咲月さんに声をかけたのは、今日咲月さんがいないと我ら営業が死んでしまうからだ。

 

 千葉の工場長はパソコンに詳しくない。

 そして長谷川さんも無理。

 清川も俺も普通に分かるけど、佐々木さんの言葉をかみ砕いて、伝えることは出来ないのだ。


「明日は相沢さん来るんだよな? 有給月曜だけだよな?」


 長谷川さんに何度も聞かれた。

 ゆえに寝室まで入って声をかけたんだけど、むにゃむにゃ言ってクルクル回っていた咲月さんにグイッ……と腕を引っ張られて

「隆太さんの声、大好きなんですよ」なんて言われたので、エッチな隆太宣言でもしようかと思ったけど、スーツだし、今日は本当に行かなければならないので困った。

 ……いや、困らない。

 少し寝顔を見たり、柔らかい頬に触れたりしていた。

 咲月さんのベッドに実のところ初めて入ったのだが、咲月さんの香りが充満していて、朝から本当に……幸せで、ベッドから出るのが辛かった。


「滝本ー、ちょっといいかー」


 駐車場で準備していたら、長谷川さんと清川と佐々木さんが出てきた。

 俺以外の四人は電車で千葉に向かう……よく見ると咲月さんがいない。

 長谷川さんは


「相沢さん、仕様書の最終変更してるから、お前の車で一緒に連れてってくれ。俺たちはもう出ないと間に合わない」

「わかりました」


 工場に試作品のタブレットや、説明用のファイルを大量に持って行くために、俺だけ車でいく予定だったけど咲月さんも一緒に行くことになった。

 ……正直嬉しい。


 デザイン部を覗いたら、咲月さんが難しい表情をしてパソコン前に座っていた。

 そして俺に気が付いて、ヒョイヒョイと手招きをした。

 失礼します……と隣の席に行った。

 咲月さんは高速でキーボードを打ちながら


「私が休んでる間に佐々木さんが色々と機能を追加してくれたんです。便利なんですけど、ちょっと分かりにくくて」

「あと何分くらいで出来ますか」

「15……20分もらえますか」

「車回しておきますね」

「はい」


 咲月さんは同僚の瀬川さんと相談しながら、高速で作業を進めていく。

 真剣な眼差し、きつく結ばれた髪の毛と横顔が凛として美しい。

 さっき手を繋いで電車の中で眠っていた咲月さんとは別人のようだ。


 車を裏口に回して待っていたら、丁度20分後に咲月さんと段ボールを抱えた瀬川さんが走って出てきた。

 中には修正したばかりの仕様書20冊。助かった!

 咲月さんは助手席に座り、瀬川さんに見送られて俺たちは出発した。


「はあああ……佐々木さんたった数日でめっちゃ機能増やしてました、すごい」

「すいませんでした、昨日には営業に届いていたのですが、誰も内容が追加されたことに気が付いてなくて……」

「難しいと思います」


 間に合って良かったです……。

 咲月さんは助手席に身体を沈めた。


「少し眠ったらどうですか? まだかかりますから」

「え……そんな、運転して頂くのに悪いですけど……お言葉に甘えて……」


 2秒後には寝息を立てていたから、少し感動した。

 やはり咲月さんは寝る速度がすごい。

 俺は信号待ちの時にスーツの上着を脱いで、咲月さんにかけた。

 クーラーの直風があたると、寒いかもしれない。


 家でも咲月さんはあまりクーラーをつけていない。

 最低限の使用のみなので、寒いのは苦手なのだろう。

 俺も寒いほどつけるタイプではないので、助かっている。

 こういう『生活するうえで小さなこと』が同じだと、楽だ。


「ん……今どこらへんですか……」

「まだかかりますから、寝ていてください」


 ふと目を覚ました咲月さんに声をかけたら、貸した上着に気が付いたのか、それをクッ……と鼻先まで持ち上げて


「……上着、ありがとうございます。隆太さんの匂いがする……」


 それだけ言ってまた眠りについた。


 一時間ほど走り、下道に降りたころ、横をみたら咲月さんが完全に覚醒して、じーっと俺を見ていた。


「……おはようございます。こっそり見ていたのですが、隆太さんの運転姿、いいですね」

「営業車ですけど、良い感じに見えるなら良かったです」

「今度レンタカーでどこか行きましょう」


 咲月さんは助手席で身体をおこして、ポケットからスマホを取り出した。

 俺は咲月さんの方をチラリと見て答える。


「車の運転は好きなので遠くても大丈夫ですよ」

「電車だと行きにくい山の中とか海とかいきたいですねー」

「咲月さんは、車の免許を持ってないんですか?」

 

 山の上に住んでいるのに車の類は聞いたことがない。

 あった方が便利な立地のような気がする。

 咲月さんは「あー……」と苦笑して


「免許は持ってるんですけど、車のサイズ感を把握するのが苦手で、よく擦るんです。だから乗ってません。運転できる人は素直に尊敬します」

「東京の道は細いのに一方通行じゃないですからね。俺が運転するから大丈夫ですよ」

「えーじゃあ、行きたい所Lineで送っちゃいますよー」


 咲月さんは俺が布団代わりに貸していた上着を「よいしょ」と着た。

 もちろんサイズが大きくてブカブカだ。

 俺がいつも着ているスーツの上着を、咲月さんが着ているという状態がもうダメだ。

 長い袖から指先だけ出ている所とか、肩のブカブカさとか、めっちゃ可愛い。


 工場に到着して駐車した。

 時間を確認すると、30分ほど早かった。


「Lineみてください!」


 横の席で咲月さんが、タボタボな袖を揺らしながら、俺に向かってアピールする。

 スマホを出してLineを確認した。


「どうですか、厳選してますよ」

「なるほど……」


 そこには沢山の温泉旅館の情報が送られてきていた。

 どれも部屋に露天風呂が付いてるタイプ。

 またポン……と届いた。


「海に直結してるの気持ち良さそうですよね」

「これは……」


 というか、海辺に二人で裸でお風呂に入る……の……か?

 朝とか昼の太陽に照らされた咲月さんの裸体を見るのか?

 夜の月に照らされた咲月さんの肩を撫でるのか?

 またポン……と届いた。


「半島のさきっぽ!」

「これもまた……」

 

 開放的なお風呂が部屋についている。

 日本庭園のような宿で、真ん中にお風呂……当然咲月さんは、ここまで浴衣でいくのだろう。

 そして浴衣の咲月さんがここでそれを脱ぐの?

 俺はそれを横で見てるの?

 どんな顔して??

 アホな顔して??


「あ! ここ、ここがいい! 一回行ってみたかったんです」

「山の頂上……?」


 この山頂まで咲月さんと浴衣で行って、俺自身が頂に?

 ……もうダメだ、頭が痛くてクラッシュしてきた。

 想像上の情報過多により、頭がパンクしている。

 咲月さんはスマホをいじりながら「ぶー」と口を尖らせた。


「まだ10月なのに、もう年末年始しか空いてないです。すごい人気だー」

「よ、予約しましょうか」


 俺はとりあえず咲月さんが行きたいなら何でもいい! と言ってしまった。

 すると咲月さんがスマホを抱えたまま俺の方を見て


「……それまで……お預けなんですか?」


 と聞いた。

 心臓がバクバクと脈をうって痛い。

 俺は乾いた唇を舐めて言葉を探し、そして素直な気持ちを口に出した。


「年末まで我慢は……いや、あの、きっと無理です」

 今朝もお布団で匂いと柔らかさに触れて、限界を感じた。

「無理」

 素直な言葉に、咲月さんはクスリと笑った。

 俺は運転席から、手を伸ばして咲月さんの少しだけ出ている指先に触れた。

 咲月さんもゆっくりと指先を絡めてくる。

「初めては家で……したい……ですけど、昼間の外のお風呂は恥ずかしそうなので、家で鍛錬しましょう」

 咲月さんは、俺の指先をキュッ……と握り返して

「楽しみにしてます」

 と、耳を真っ赤にしてほほ笑んだ。

 俺も恥ずかしくて顔を手で扇いだ。

 顔が熱くて火が出そうだ。



「おーい、滝本ー、相沢ー、着いたぞー!」

「荷物ー!」


 恥ずかしくて車の中でうつむいていたら、長谷川さんと清川が到着したようで、叫んでいる。

 そういえばここは営業車の中で、俺は今から仕事なんだった。

 

 咲月さんは着ていた上着をスッと脱いで、俺に着せてくれた。

 ふわりと咲月さんの香りが漂う。


「さ、頑張りましょうか」

「はい」


 俺は咲月さんの後について荷物を持って出た。

 そしてこっそりとさっきの宿、年末年始で予約した。

 仕事を頑張ってボーナス査定アップ狙って、旅行を楽しみたい!


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