第36話 はじめての

「勝手につけましたけど、ホラー大丈夫ですか?」

「平気ですよ。ただ日本のホラーは少し苦手かも知れません」

「分かります。貞子とかですよね。机の下とかに顔が見えるの怖いです」


 隆太さんに後ろから抱っこされていると、とても落ち着く。

 私はiPadを膝の上に置き、紙から取り込んだネームに線を入れながら映画を見始めた。

 コマ割りやセリフを考えている時はテレビを見られないけど、作業に入ると音があっても大丈夫で楽しい。


 画面では洗面所にメジャーをスルスルと入れている。

「ひえええ……私洗面所詰まったら、隆太さん呼びますね!!」

「そうですね……パイプユニッシュ流し込むくらいしか、お助け出来ないかもしれませんが……」

 隆太さんも怖いのか、両サイドにある膝が、私を強く包み始めた。

「なんでメジャー入れちゃいますかね……あああ引っ張って……ひえええ……」

「でも俺も子供のころ、洗面所の穴って、どこまで続いてるのか気になって紐を入れたことがありますよ」

「えー……そんなきゃあああああ!!」

「おおお」


 驚かせるようなことがあり、私も隆太さんも一緒に飛び上がった。


「隆太さん、紐に何か付いてこなくて良かったですねええ」

「そうですね……」


 と隆太さんがお酒を手に取ろうとしたら、空だった。

 丁度CMに入った!

 私は隆太さんのコップを手に取って高速で台所に行き、再びレモンサワーを作った。

 映画はまだ序盤なので、大きなコップで!

 

「喉乾きますよね、どうぞ!」

「あ、ありがとうございます……」


 私は再び隆太さんの膝の間に座り込んだ。

 ここに座っていれば怖いシーンが来ても大丈夫そうだ。

 私は再び作業を開始した。


「隆太さんは、IT、最後まで見た事ありますか?」

「ないですね。あまり映画は見ないので」

「そうですよね、ライブとか、配信とか見てたら時間なくなりますよね。あ! そういえばこの前YouTubeでデザロズの最新ライブ見ましたよ!」


 前も隆太さんとみたことがあったけど、あの時チャンネル登録したので、たまに見ている。

 音声が加工してあって、perfumeみたいな曲もあったし、何より何を言っているのか分からない曲があって、それが一番惹かれた。

 

「デザロズの惑星の言葉で歌ってるんですよね?」


 首をひねって後ろの隆太さんを見ながら言うと、隆太さんは手に持っていたレモンサワーを机にトン……と置いた。

 そして左右にあった膝が、私を強く包み込む。

 その力強さに、一瞬で身動きが取れなくなる。

 戸惑っていると、大きな腕が伸びてきた。そして私を柔らかい毛布のように包み込む。

 同時に隆太さんの清潔な石鹸の匂いがした。


 ああ、私、本当にこの匂い大好き。

 身体中の力が抜けた。


 脚の強さとは対照的に、右手の親指が優しく私の肩を撫でる。

 そのまま鎖骨に移動して、撫でて、戻って……何度も繰り返す。


「隆太さ、ん……?」


 いつも通りを装いながら、言葉を出す。

 でも本当は体中が心臓になったようにドクドクと脈をうって息がくるしい。

 やがて隆太さんの柔らかい前髪が、私の首筋にサラリと触れた。

 ジワリと染みるように、温かいおでこの温度が伝わってくる。

 首に頭をのせたまま、隆太さんは呟く。


「俺ね……咲月さんが、めっちゃ好きです」

「は、い」


 私はiPadを床に置いた。

 そして首を限界まで後ろに動かして隆太さんの顔を見た。

 すると、眠そうとぼんやりを足して2で割ったような表情をしている。


 んん?

 あまり見たことがない表情だ。

  

 もしかして、隆太さんが酔っている?

 だからこんな積極的に……いやでも、あり得ないことだ。

 だって隆太さんは、実家の超酒豪叔父さんを潰した人だ。

 営業でも1位2位を争う酒の強さだって聞いたけど……?


 あ。体調が悪いのかもしれない。


 体調が悪いとお酒の周りが早くなる。

 私は優しく腕を振りほどきながら


「隆太さん、無理矢理お酒飲ませてしまってすいませんでした」

「咲月さん、ダメ、動かない」

「……はい」


 優しいんだけど、間違いなく拒否権がない感じの言葉に、私はスン……と元の位置に戻った。

 そして後ろから抱かれる強さに身を任せてみる。

 隆太さんは再び私に腕を回して鎖骨を親指で何度も撫でながら


「……咲月さんは、いつもいつも、俺が好きなことに、全部理解を示してくれて、めっちゃくちゃ嬉しいんですよね、俺。もう、嬉しいんです」

「私が何でも好きだからですよ。それに好きな人が好きな物、面白くないはずないですから」

「そういう所、すごいと思う。そんな人、今まで知らなかったんれす」


 れす……。

 単純な言い間違いだけど少し笑ってしまう。

 酔うと少し甘えん坊になるのかな。

 可愛い、すごく可愛い。


 すると、鎖骨をずっと触っていた手がスル……と服の中に入ってきた。

 

「えっ……?」

「笑ってるなんて、余裕ですね」


 そして親指は鎖骨に残したまま、人差し指と中指が胸の上のほうを撫でた。

 せりあがってくる快感に私は身をよじる。

 隆太さんの大きな掌はそのまま首筋に移動して、私の髪の毛を巻き上げた。


 露わになる、私の首。


 思わずすくめた所に、優しく唇が触れたのを感じた。

 そして首の後ろ、柔らかい部分を強く吸われる。

 強く、強く、噛んで食べてしまいそうなほど、強く。

 甘い痛みに軽く目を伏せる。


「っ……」


 私が声を漏らすと、唇を離して髪の毛を戻した。

 そして首をもう一度、私の肩に置いて耳元で


「俺の」


 と囁いた。

「っ……!!」

 心臓が脈を打ちすぎて痛い。

 隆太さんは私を後ろから強く抱きしめて

「俺の咲月」

 と何度も言った。


 ずるい、こんな隆太さん、突然ずるい。

 私もキスマーク付けたい……そう思って、強く身体をひねって隆太さんのほうをむく。


  私たちは見つめあった。

  隆太さんが目を細めて微笑む。

  ああ、大好き。

 すごく遠回りしたけど、私は今隆太さんが大好きだ。手を広げたら、隆太さんも広げてくれた。

  隆太さん……!


 抱きつこうとしたら、横の机に置いてあったレモンサワーに手があたってバシャーーーと隆太さんの膝にかかった。


 ぎえええええええええ私のばかあああああ……!!

 

「ごめんなさい!!」


 隆太さんを見たら、その表情はさっきのようなボンヤリした表情ではなく、いつもの隆太さんにかなり戻っていた。


「……咲月さんは大丈夫ですか?」

「タオル持ってきますね!」


 私はすぐに立ち上がって台所に向かった。

 タオルを手に取ったんだけど、ドキドキして椅子に座りこんでしまった。

 私、思ったより動揺してるみたい。ずるい、隆太さん、突然ズルい!! 動けない!!


 私がタオルを持って来なかったので、隆太さんが台所に来た。

「すいません」

 立ち上がろうとしたら、隆太さんはそのまま台所の水道を勢いよく出して、その水に頭を突っ込んだ。

 ええええええ滝行?!?!

 さすがに私はタオルを持って隆太さんの所に駆け寄った。

 隆太さんは首元までビショビショに濡れていた。

 こうなるともう、笑えてしかたない。


「どうして、こんな」

 笑いが止まらない。

「すいません、なんかもう、すごく……欲求をぶつけた気がします」

「あはははは!!」


 私は大声で笑ってしまった。

 確かにそれは感じた気がする。

 タオルで頭や首を拭いて、隆太さんに抱き着いた。


「でも今日されたことは、全然イヤじゃなかったですよ。少し隆太さんの素みたいなのが見えて、ちょっと嬉しかったくらいです」

「……すいません……ありがとうございます」


 隆太さんは照れてうつ向いた。


「でも今濡れてて……」


 と私を遠ざけようとする。

 私はさっきの仕返しのように強くしがみつく。


「……私、まだお風呂入ってないんです。外で雑草抜いて汗だらけになったのに」

「そういえば、そうですね」

「それに今日は……にんにくと生姜が沢山入った餃子も食べました」

「そういえば、そうですね、あははは!」

 今度は隆太さんが笑い始めた。

 私は抱きついていた身体を少し離して、隆太さんの顔を見た。

「次は、お風呂も入ってて、ニンニクも食べてなくて、お酒も遠ざけて、私のブラとパンツもお揃いで、隆太さんの体調がいい時に……続きを、お願いします」

「……はい」

 隆太さんは、どうしよもなく優しい笑顔で私を見て、優しく抱きしめた。

 私はその状態で顔だけ上げて付け加えた。

「……あと、締め切りが無い時でお願いしますね」

 隆太さんはキョトンとして

「大切な事ですね」

 とほほ笑んだ。

 

 私はタオルで床を拭きながらこっそりと息を吸って吐いた。

 まだ心臓が落ち着かなくて息が苦しいままだ。

 正直、めちゃくちゃ驚いた。

 隆太さん、すごく、男の人だった。


 次って何時いつよ……?


 私は首元を抑えた。

 首筋の後ろが、まだ、燃えるように熱い。

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