第34話 慣れるためだから、仕方ないのだ
「Twitterで見たから知ってるけど、これは辛いね……」
「貧乏学生設定ですからね、炭水化物からは逃げられないですよ」
私とワラビちゃんは懲りずにコラボカフェに来ていた。
推しのカケルは、貧乏だけど才能があるアイドルで、専門学校から出世していく子だ。
貧乏なご飯を食べてレッスンに励む姿が可愛くて大好きなんだけど、コラボカフェとなると一気に厳しくなる。
「素うどんと、食パンと塩パスタ……味がない炭水化物しかない……!」
「私の推しのユウキは筋肉フェチだから、ブロッコリーと胸肉なんで、一緒に食べればイケますよ!」
「ワラビちゃん、コンプめざそ!」
「そうしないとオリジナルボイスゲットできないですもんね!」
そうなのだ。
今回コースターの裏に書いてあるコードをゲーム内で入力すると、イベント内でキャラクターのオリジナルボイスが聞けるのだ。
出来れば全キャラ(24人)欲しいけど、絶対無理なので、とりあえず私の推しのカケルとワラビちゃんの推しのユウキだけはコンプしたい所だ。
「てか、滝本さんに一緒に来てもらえばいいじゃないですか」
ワラビちゃんはブロッコリーを塩パスタに投入しながら言った。
私は素うどんと胸肉を食べながら
「やっぱりコラボカフェは、萌え語りしたいじゃん。見てよ、このコースターの絵……服が新作じゃん?」
「あーーっ、これは来月出る新曲の服ですね。あっ、ユウキとヨウがお揃いですよ。はい、この二人結婚しました」
腐女子、一緒の服を着たらもう結婚である。
薪が無くても焚火が出来るのが私たち。
やっぱり隆太さんが好きとはいえ、それは求められない。
「萌え語りするから、このご飯も頑張れるのよ。隆太さんとは……もっとデートっぽい所に行きたいなあ」
「黒井さん一人で炭水化物食べてください」
ワラビちゃんが素パスタ押し付けてくるので、私は人差しゆびをピシッ……と立てて説明に入った。
「現実の推しと、オタクとしての推しは違うじゃん?」
ワラビちゃんはブロッコリーをかじりながら口を開いた。
「ちょっと気になってたんですけど、滝本さんってドルオタじゃないですか。自分の好きな人がアイドル好きってイヤじゃないですか?」
「じゃあワラビちゃんは筋肉キャラのユウキ推しだから、現実でも筋肉ムキムキの男と付き合いたいの? 上腕二頭筋がチョモランマだよ! って家で言いたいの?」
「いや、無理ですね」
「隆太さんもドルオタだからアイドルと結婚したいワケでは無いらしいよ。もはや親目線? 私が貧乏学生と結婚したくないみたいなものよ」
「そうですね、完全にヒモですよね……カケルと付き合ったら……」
「そういうこと」
お互いのオタ活については、付き合い始めた夜に隆太さんとも話した。
今まで通り、好きにしましょう。
でも私生活では、一番一緒に居ましょうって。
思い出すと顔が熱くなる。
一番一緒にいましょうって……なんかすごい。
「……隆太さんってさ、私のどこが好きなんだろう」
「乙女すぎる発言に胸やけがしますね」
「聞いてみよ」
「すぐに聞ける強さがすごい」
私は隆太さんのLineを立ち上げて『隆太さんは私のどこが一番好きですか?』と聞いてみた。すぐに既読になって
『iPadのカバーの件もありますが、一番最初に好きだと思ったのは、新年会で美味しそうにお肉を食べていた所ですよ』と返ってきた。
私はそれをワラビちゃんに見せた。
「肉だって!!」
「しょっぺーー。純愛見せつけられて、塩パスタが更に塩味に! しょっぺー!!」
読んで気が付いたんだけど、新年会……?
プロポーズされた春コミが2月の末。
だから一か月くらい前から私のことを好きでプロポーズしてくれたのかな。
……やばい、隆太さんに抱きつきたい。
「……私さ、家でずっと部屋着じゃん?」
「そうっスね。しかも全部アウトドアメーカーの服ですよね。モンベルでしたっけ」
「着心地が良くて楽なの。〇ニクロが部屋着とか嘘。キツいもん、なんであんなにズボンがシビアなの。部屋着はモンベル一択……だったんだけど、こう、家に隆太さんと居るのに、私モンベルで良いのかなって思うようになってきたの」
「ジェラピケ、キメます?」
ワラビちゃんがスマホで見せてきたジェラートピケというメーカーのパジャマはモコモコして可愛かったけど、足が丸出しだ。
「そんなに足出したら風邪ひくよ!」
「GUは? 安くて可愛いですよ」
「GUはペラペラなんだよね……」
「じゃあ無印ですか」
「あー、無印の服とか『頑張ってないです!』って感じで良いかも!」
「なんですか、その設定」
家で頑張ってる女子が居たら、なんだか疲れそう。
私たちはお会計を済ませて、特典のコースターを受け取った。
封を開けると
「全部芝吉!!!」
4枚ともカケルの飼っている犬、芝吉だった。
この場合芝吉の新規ボイス……つまり犬の鳴き声が4枚、ワンワンワンワン? そんなバカな!!
「あ、私はカケルとユウキ出ましたね」
「ワラビちゃん!!」
「良かったですね、カケルの推し犬が出て」
「お願いーーー!!」
結局コースターは何とか交換して貰った。
そして私たちは無印で『頑張りすぎてないコーデ大会』を開催、部屋着を揃えて帰宅した。
22時すぎに、隆太さんが帰宅した。
「おかえりなさい」
私はワラビちゃんと考えたコーデで出迎えた。
上はVネックの七分袖、上に薄いカーディガン、下はロングスカート。
寝る時はスカートの下にレギンスを履くというパジャマ併用は変わらぬバージョン!
隆太さんは私を見て
「……いつもと違う服装で可愛いですね。えっと……新婚の奥さんみたいです」
「そういえば私、新婚の奥さんです」
「……そうですね、そうでした。えっと……ただいま」
隆太さんは少し目をそらして、恥ずかしそうにうつむいた。その表情が可愛くて、私は少し背伸びをして隆太さんに抱き着いた。
帰って来たばかりだから、夏の外の匂いと、いつも通り隆太さんの匂いが混ざって香る。
隆太さんはゆっくりと私の背中に手を伸ばしてくる。
そして大きな掌で優しくなでた。
私は隆太さんの首の後ろ辺りに頭を埋めて、深く息をする。
この香り、とても落ち着くのだ。
首の後ろあたりからフェロモンが出ていて、その匂いを嗅いでイヤじゃなかったら相性がいいと何かで読んだ。
「……あの、隆太さん、私の匂いってイヤじゃないですか?」
私は抱きついたまま聞いた。
隆太さんは「えっと……では失礼します」と、ゆっくりと私の首元に鼻先を押し付ける。
くすぐったくて、首をすくめてしまう。
でも全然嫌な気持ちじゃない。
隆太さんは少し鼻先を離して言った。
「……とても好きな匂いです」
「えへへ、良かったです」
私はモゾモゾともう一度隆太さんに抱き着いた。
そしてお昼のLineのことを聞くことにした。
「あの、新年会でお肉食べてた話って……」
「あー……それ、送ってから、しまったなあ……と思いました。そうですね、結構前から、好きでした」
「それを聞いてすごく抱きつきたいなーと思ったんです。だから今、満足です」
「それはとても嬉しいのですが……やはりまだこの嬉しすぎる状況に慣れなくて……たまに意識が飛びそうになるんです」
「なんですか、それは」
隆太さんは改めて私を見て
「とても可愛い俺の奥さんに少しずつ慣れていきますので、よろしくお願いします」
と眉毛をさげて、どうしようもないという表情でほほ笑んだ。
そんな表情をされたら、もっとイチャイチャしたくなってしまう。
「じゃあまず、毎日抱っこでイチャイチャして慣れましょう」
と隆太さんをリビングの床に座らせて、私は膝の間に座り込む。
この匂いと温かさ、すごく落ち着く。
隆太さんは後ろで頭を抱えているが、慣れるためだから仕方ないのだ。
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