第33話 実にもったいない

「では、最終決定案についてお話させて頂きます」


 いつも定例会議が行われる巨大な会議室。

 その真ん中に咲月さんが立っている。

 取り囲むように重役や社長たちが座っていて、9割の社員が寝ている定例会議の100倍空気がピリピリしている。


「基本のコンセプトは『歩きまわる必要がないフードコート』です」


 咲月さんは手元のタブレットを操作しながら、デザイン案についてプログラマーの佐々木由美子さんと一緒に説明している。


 最近うちの会社はフードビジネス向けのIT機器を販売している会社と合併した。

 そして今動いている一番大きな仕事が、有名店にあるフードコートの注文をすべてタブレットにするというものだ。


 社内で何案も出したが、通ったのは佐々木さん咲月さんペアの物だった。

 もう9割確定していて、最終調整に入っている。


 もちろん佐々木さんという超優秀なプログラマーの仕事は大きいのだが、この方、非常に変わった方なのだ。

 夜中に会社に入って朝方まで作業して、社員が来る前に帰宅。

 話す時は小声で専門用語がバリバリ入ってくる。

 今も社長たちに説明しているが、みんな目に「?」マークが浮かんでいる。

 正直俺も、横にいる清川も「??」。

 なんなら上司の長谷川さんは眠っている。

 もうダメだ。


 今まで誰も超優秀な佐々木さんを使いこなせてなかったのだが、ここにきて咲月さんが動いた。

 曰く「佐々木さんはスケートオタクか、アニメオタクですね」……らしい。

 朝帰る時に姿を見たが、某スケートアニメとコラボで出た運動靴やリュックを身に着けていたらしい。

「たぶん同じ血が流れてるので、基本的に気が合いますね。お互いなんとなく分かっていても聞かない所も気が合います」

 あの佐々木さんと気が合う!

 それはわが社にとって奇跡のようなことだった。




 会議が終わり、俺たちは仕様書を読みながら戻る。

 佐々木さんが書いた所と、咲月さんが書いた所は一目瞭然。

 清川は苦笑しながら言った。


「相沢さんが書いた所以外は分からないな」

「そこだけ読めば分かるように書いてある」


 佐々木さんは最後の方、忙しすぎて会社で生活するレベルで仕事をしていた。

 でも咲月さんはいつも通り9時に出社して17時帰宅でこの仕事をやり終えた。

 曰く「イベントの早期締め切りがあるので!」。

 それでやり遂げられるのが本当に凄い。


 営業部屋に戻ると、会議室に長谷川さんと咲月さんが見えた。

 長谷川さんもパソコンに強くない。

 たぶん話の9割が理解できず、健やかな睡眠を貪ったのだろう。

 咲月さんが丁寧にホワイトボードを使いながら説明していて、何人も営業が聞き入っている。


「ここのモードが、このシステム最大のポイントですね」

「こっちからそれは解除できるの」

「仕様書の15ページをご覧ください」


 咲月さんは肩まである髪の毛を今日は解いている。

 それを耳にかけながら説明している。

 ああ……めっちゃ美しい。

 俺は横目で見ながら見惚れた。

 あんなにシャキシャキ仕事してるのに、昨日はホームセンターで買ってきたお肉を食べながら

「明日の最終プレゼンめっちゃめんどいです。だって社長の前で話して、シヴテックで話して、神奈川の工場で話して、3回も同じことするんですよ。めんどくちゃいです……」

 と言いながらカルビを食べていた。

 ちなみに3回じゃ済まないと思う。今長谷川さんたちに説明を迫られて2回目。

 これから行くシヴテックでも工場でも同じ事になると俺は確信していた。


「本村です、すいません、こっちのモードから席確認モードにはどこから入るんですか?」

「はい、仕様書18ページをご覧ください」

「なるほど。一覧できるんですか」


 もう小さな会議室のドアは開かれた状態で、色んな営業からの質問に咲月さんは的確に答えていく。

 その会は50分ほど開かれ、長谷川さんも納得したようだった。

 解散する部屋の奥で、咲月さんが「ふう……」と小さくため息をついているように見えた。

 疲れて当然だろう。今日は夕ご飯を作って差し入れよう……俺がそう思った瞬間に、咲月さんが俺を見つけて、トン……と、会議室から出てきた。

 そして暗く疲れた表情を一変させて、家での表情になりフワリとほほ笑み




「隆太さん!」




 と声をかけてくれた。




「?!?!?!」

 




 営業部屋中の人間が一気に俺のことを見る。

 そんなに大きな声ではなかったが、丁度静まった瞬間で、予想以上に声が部屋中に響いてしまった。

 みんなが俺たちに注目する中、咲月さんは「あ」と口を押えて顔を真っ赤にして




「会社では、滝本さん……でしたね」




 と言った。そして「声が大きかったですね、すいません……」と付け加えた。

 あああああ可愛い!! じゃなくて。

 会社で話しかけられたことは、あまり無くて……!!

 何か口にしようと思ったけど、営業部屋の全員が俺と咲月さんを見て動きを止めている。

 俺の横に立っていた清川がスッ……と動いた。

 そして




「滝本、お前の奥さん、めっちゃ仕事出来るな」





 とフォローした。

 その瞬間空気が動き出す。


「えええーーー?! お二人ご結婚されてたんですか?! マジで?!」


 営業制作の本村が叫んだのきっかけに、色んな奴らが俺だけを殴る。

 痛い、ものすごく痛い。でも咲月さんは美しくて仕事が出来て、俺の奥さんだから仕方ない、甘んじて受け入れる。

 奥で咲月さんが申し訳なさそうに慌てている。

 そういえば長谷川さんの不倫問題で、俺と咲月さんが結婚したことは公にして無いままだった。




 俺は当然のように飲みに引きずり回されて、家に帰ると咲月さんがスライディング土下座して謝ってきた。

「会議めっちゃ緊張したんです。説明も長いし! そしたらいつも通りの隆太さんの顔が見えて安心しちゃったんです、ものすごい勢いで気が抜けました、すいませんでした!」

 俺は玄関で座り込んでいた咲月さんを立たせて

「でもこれで会社で普通に会話できますね」

 と言った。咲月さんは

「そうですね」

 とほほ笑んだ。そしてススス……と俺に近づいてきて、抱き着いてきた。

 俺は優しく背中を撫でる。

 咲月さんは俺の胸元から顔だけ上げて

「会社帰りにスーツでご飯食べに行きましょう。スーツ姿の隆太さん、好きです」

 とほほ笑んだ。

 うわ……めっちゃ可愛い……それに好きって初めて言われたのでは……いや初めてじゃないかも……もう酒が入ってるしワケが分からない……脳がインフレ起こしてる……倒れる……

 俺はなんとか冷静さを保ち

「会議室の咲月さんもカッコ良かったですよ、おつかれさまでした」

 と答えた。

 咲月さんは「えへへ……」と嬉しそうにほほ笑んだ。

 この可愛い笑顔を営業部屋の奴らに見られたのは惜しいが仕方ない。

 俺は自分の隠れた独占欲に心の中で驚いた。

 いや、しかしもったいない……。

 実にもったいない……。


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