第14話 夜は長いよ

「さあ滝本さん、座ってください、ここが王の席です」

「ありがとうございます……?」


 この家の一階は、真ん中に廊下があり左側に台所がある。ここは何度もお邪魔していて、たまにビールを頂くこともある。

 右側は初日に少しだけ見せて頂いただけで、中まで入ったことは無かった。


 でも今日は初めて、右側のリビングにお邪魔する事になった。


 リビングにはかなり大きなテレビと音響システムが揃っていて、壁際に1.5人掛けのソファーが置いてある。

 1.5人掛けのソファーなど存在しないかも知れないが、1人が座るにはあまりに大きく、2人で座るには小さい。

 そんな絶妙にくつろげそうなソファーの横には、高さを合わせた広めのテーブルとオシャレなライト。

 テーブルの下にはミニ冷蔵庫まで完備してある。

 すぐ隣が台所なのに! すごく快適な環境だ。


 ソファーの前にはローテーブルが出してあって、そこには塩、キャラメルの二種類の味がついたポップコーン(新聞紙で作った紙の入れ物に山盛り)。

 とんがりコーン、トッポ、なぜか冷ややっこ(キムチとゴマ油乗せ)、山盛りの唐揚げ(すべてに爪楊枝が付いている)……と豪華なツマミが並んでいる。


「黒井さん、ラタトゥイユどこですか」

「ワラビちゃん、そこの保温ジャーにもう入れてあるよ」

「神じゃないですかあ!!」


 今日は全てを知っているワラビさんも来ている。

 ワラビさんは「マジで結婚したんですか、お祝いです~」と笑いながら一升瓶を抱えてタクシーで家まできた。

 でも今日はお祝いの会ではない。

 俺の前、床に座った相沢さんの背中からカシュッ……と高い音が響く。

 

「ぷはー! オタクやってて何が一番楽しいかって、素質がある人を沼に沈められる可能性を感じる時だよね」


 ちょっと黒井さん、もう開けてるんですか?! 皿くださいよ、皿!

 ワラビさんが叫んでいるので、俺はソファから立ち上がり、台所に入り、ラタトゥイユを食べるのに適してそうな皿とスプーンを取り出しに行った。 


「滝本さんありがとうございます! そしてご結婚おめでとうございます~。今日はこんな素敵な会に呼んで頂いて、光栄です~」

「お手柔らかにお願いします」

「超楽しみにしてました。出かけるって言ったら、ラタトゥイユめっちゃ持たされました~。てかウチの畑、今茄子取れすぎてヤバくって!」


 相沢さん曰くワラビさんは『近くに住んでる金持ちのお嬢様』らしく、つねにタクシー移動だし、働く必要がないから同人誌量産している方……らしい。

 オタク業界、色んな人がいるなあ……。

 俺とワラビさんは、皿を運びながらリビングに戻った。

 机には俺が買ってきたお寿司も並んでいる。

 パーティーがあるなら、買ってきたほうが良いかな……と営業で使っているお寿司屋さんでマス寿司を作って貰った。

 それを持ってライブに行ったのは初めてだったけど、クーラーが効いた事務所に置いて貰ったから大丈夫だと思う。


「乾杯しましょう、乾杯」

 相沢さんはミニ冷蔵庫を開けて俺にビールを渡してくれた。それはキンキンに冷たくて、カシュッと開けて飲むと7月の蒸し暑さが吹き飛ぶおいしさだった。

「今朝仕込んで、さっき揚げたんです。自信作なんで食べてみてください」

 相沢さんが爪楊枝に刺さった唐揚げを俺に渡してくれた。噛んだらニンニクと醤油の味が濃くて、とてもビールに合った。

「美味しいですね」

「唐揚げだけは自信があるんです!」

 相沢さんは目を細めてほほ笑んだ。

 よく考えたら、流しそうめん以降、相沢さんの料理を食べたのは初めてかもしれない。

 とても光栄で、嬉しい。俺は唐揚げを味わって食べた。

「始まりますよー!」

 画面には映画のタイトルが出てきた。


 


 この会が決まったのは先週の金曜日の夜だ。




 深夜、俺は玄関に置いてあるフィギュアに気が付いた。

 そこにあったのは〇パイダーマンのフィギュアだった。その横には見覚えがあるが、名前が出てこないメカ……。

「これってなんでしたっけ」

 通りかかった相沢さんに聞いてみたら

「〇パイダーマンと〇イアンマンのフィギュアですね。好きなんですよ、私」

 と言われた。〇イアンマンか。作品を見て無いけど、有名だから姿は知っていた。

「なつかしいですね。昔の〇パイダーマンは見てたんですけど、最近のは見て無いですね」

 と言ったら、目の前にいた相沢さんの目がカッと開いた。

「ソニーのは見てて……MCUのは見て無い……ってことですか?」

「昔のがソニー制作だというなら、はい、そうですね。見たのはかなり前ですね」

 やはりデザロズのファンをしていると、時間はすべてそれに費やしてしまい、他の事をする時間が無くなってしまう。

 相沢さんは手に持っていたビールを靴箱の上にトンと置いて

「ソニーの〇パイダーマン、滝本さん的に面白かったですか?」

 と俺の目を見て言った。

 なんだろう、会社で見る相沢さんより表情が真剣だ。

 俺は遠い記憶を呼び覚ます。

「……そうですね、いやな印象はないです」

 俺は素直に答えた。

 あまり内容を覚えてないのが本音だけど。

 相沢さんの目が間違いなく猫のようにキランと光った。


「滝本さん、今週の金曜日、夜24時くらいには帰ってきてますか?」

「え?!」


 突然言われて驚いた。

 金曜日はデザロズのライブがあるが、反省会含めて、23時すぎには終わる。だから終電で帰ってくると思う。

 居ると思いますが……と言ったら、相沢さんは速攻で俺の前から消えた。

 そして部屋から電話を掛けながら戻ってきた。


「ワラビちゃん、滝本さんソニー〇パイダーマン見てて好感触なのに、MCU見て無いって。やろうよ! 金曜の24時終電集合ね!」


 この数分で金曜深夜に何か会が開催されることが決定したようだ。

 決定したあとで、あ……と相沢さんは俺の顔をみて


「土曜の朝からライブあったりしますか?」


 と聞いてきた。

 なんというオタ活に理解がある人なんだろう。

 というか、徹夜するのが前提なのが楽しくて仕方ない。


「土曜日は夕方からライブ前の打ち合わせに行くので、それまで大丈夫ですよ」

「やったー! じゃあ金曜日24時……あ、帰ってきたらシャワー浴びたいですよね。24時半から始めましょう!」

 相沢さんは、そう決まったらビールとかお菓子とか鶏肉とか宅配に入れないと……と言いながら一瞬俺の前から消えたが、またシュッと戻ってきて

「アレルギーとか、好き嫌いとかあります?」

 と言った。

 だからなぜそんなに面白い方向に気遣いが出来るのだろう。

「ないです。何でも食べられますよ」

「それはとても良いですね!」

 とニッコリほほ笑んで、再び自室に消えた。



 そして一週間後の今日、〇イアンマン上映会が始まった。

 相沢さんは〇イアンマンが一番好きらしく、1は必須なのだと説明してくれた。

「私がこれを見たのは地元では一番大きな映画館だったんですけど、1日に1回しか流してないし、人も少ないし、淋しかったんですよねえ……」

 そう言ってビールをグイと飲んだ。

「私は高校生だっけな。なんなら中学生だったかもしれないですね」

「ワラビちゃん若い、ワラビちゃん可愛い」

 俺の前に座っている二人は楽しそうにビールを飲みながら映画を見ている。

 こういう会のお約束らしいが、音声は日本語で、日本語の字幕も出している。

 つまり話している人がいても、内容が抜けることはない。

 俺は二人が話している声をなんとなく聞きながら、映画の字幕で内容も追う。

 確かに挫折から切り替えて、自分の信念を貫いていくヒーローはカッコイイと思った。

 2人は「ああーーダウニーがめっちゃ若い!!」とか「肌の張りが違う!」と画面に向かって拝み始めた。

 2人の動きが完璧にシンクロしている。映画とセットで一つのエンタメのようだ。

「あーーっ、聞きました? 一人称が僕なんですよね、僕。はああ~~カワイイ~~」

「こう天才が苦労して作り始める所がいいんですよね!」

 そして映画中盤、あるタイミングになると二人とも持っていたビールを置いて正座をした。

 なんだろう……と思って俺も背筋を伸ばすと


「〇ニースタークにもハートがある……」


 と同時に呟いた。相沢さんは俺のほうをキュッと振り向いて

「これすっごく大事で、このあと20本くらい見たあとに効いてきますから!!」

 と目を輝かせた。

 20本……先が長いな……と思ったが、2人がとても楽しそうなので、こんな時間が長く続くのは悪くないと思った。

 この後、4本映画を見て、完全に電車が動き始めた朝の8時にワラビさんは

「昼から用事があるので一回帰ります! 続きが本番ですよ~~! また来週!」

 とタクシーを呼んで消えていった。


「どうでしたか、滝本さん!」

 徹夜明けだと言うのに、相沢さんの目はキラキラと輝いていて、正直めちゃくちゃ可愛かった。

「……すごく、楽しかったです。話の繋がり方が絶妙なんですね」

 と答えたら

「そうなんですー! 嬉しいです。ただ疲れただけだったら、どうしようと思ってました」

 と相沢さんはほほ笑んだ。

 もちろん疲れたけど、なんたって家だからすぐに眠れる。

 これが俺たちが共に迎えたロマンチックの欠片もないけど、一緒に迎えた最高な朝だった。

 ちなみにその後、相沢さんはまっすぐに玄関のチャイムに向かい、電源を切った。

 そして昼過ぎまでお互いぐっすり寝た。

 本当に最高だ。

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