第5章 危機管理 第8話

 捕獲事業に関しては、もっと本質的な問題があることも知っておく必要がある。 


捕獲頭数が、増加数を下回っていることが、野生鳥獣の増加と生息域の拡大に繋がっているのだ。


 爆発的に増加している野生鳥獣を現在の捕獲方法では、抑制することができない。


 しかし、被害農家を訓練し組織化すれば農業被害の抑制には十分であるし、サーパスハンターのように訓練と新たな戦術への取り組みをすれば現在の捕獲圧の数倍の効果を上げることは十分可能なことである。


 ただ、捕獲した個体の処理について、理解している人は少ない。


 鳥獣保護法では、原則として残滓を残さずに回収することとしており、やむを得ない場合に限り現地での埋設を認めている。


 野生動物の死体は、一般廃棄物として処理されることになるため、基本的には市町村で焼却処分することになるわけだが、焼却炉の能力によっては受け入れできないとか、頭数に制限があるという場合も生じる。


 新たな戦術を駆使し、一日の捕獲頭数を十頭まで高めることができたとしても、清掃工場での受け入れ可能頭数が五頭とすれば、そこで捕獲頭数の上限が決まってしまう。


 埋設をとなれば、捕獲する時間を犠牲にして、穴を掘ることに時間を費やさねばならなくなる。


 事業の開始に際しては、捕獲目標数に目がいきがちだが、出口の問題を無視したのでは、事業そのものの失敗に繋がる。


 ワイルドライフマネージメント社の捕獲現場では、どうやって捕獲頭数を増やそうかという工夫は最優先したい課題であるが、現実的には処理能力を上回った捕獲個体の処理問題の方が焦眉の急となっている。


 また「もったいない」ということで、積極的に利活用すべしという意見もあるが、これも問題を難しくしている。


 福島第一原発の事故以来、東日本の野生鳥獣のセシウム値は出荷制限がかかるものもあり、またそれ以下であっても風評から食肉に活用しようとする動きは鈍い。しかし、西日本や北海道では、盛んに食肉としての利活用に取り組もうとしている。


 ジビエ料理として高い評価を受けているのは、極めて稀である。戦後の食糧難の時代なら、野生鳥獣の肉はご馳走だったかも知れないが、現状では食卓に牛肉や豚肉、鶏肉と同じようにシカ肉やシシ肉が提供される食文化は絶えて久しい。


 食文化を定着させるには、三世代は必要だろう。そのためには、良質の肉を安価に安定供給することが求められる。


 四季のある日本では、季節によって野生鳥獣の肉の質の変動は激しい。


 質の低い時期には、養殖して質を高めるようにするか、事前に冷凍保存した肉を提供できるように準備する必要がある。


 また安定供給するためには、一定の効率で捕獲するという必要がある。


 現在の狩猟者の捕獲効率で安定供給を考えた場合には、母集団を大きくしておく必要がある。これはある程度の生息頭数を維持することを意味する。


 その結果、本来の目的であるはずの被害軽減は諦めねばならない。このジレンマの解決策がないままの利活用は、まさに本末転倒である。

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