第3章 入学 第32話

「狩猟事故の場合、発砲するかしないかは狩猟者の目標リスクの管理が重要な意味をもちます。


 より安全でありたいという動機付けは重要であるとともに、命中させる技術の向上は安全に撃てる機会を増やすことに繋がります。ですから射撃練習が重要となります」


 目標リスクなど、初めて聞く単語も出てくるが、その都度丁寧に解説を加えながら話を進めてくれるのと、日常生活の中での実例を示してくれるので、十分に理解できることばかりであった。


 逆に、あまりにも日常生活のいたるところに実例がありすぎて、事故の危険性や発生確率という意識でそれらをとらえていなかった自分たちの生活が、根拠のない安全神話の上に置かれている気がしてきた。


「有害鳥獣捕獲と狩猟で実践すべき安全管理としては、各人の性格や体力、射撃能力などを把握しあうことが重要です。


 そのうえで、マニュアル化できるものは文章で共有しあうことも重要です。


 ただし、記述的規範としてしまわないように必要に応じて更新していく必要があります。


 また、狩猟では暗黙の内にリーダーが存在している場合が多いでしょうが、業務として行う有害鳥獣捕獲事業等では指揮命令系統を明確化するとともに、安全管理者を決め、責任者を明確にすることも重要です」


 同じ狩猟の現場を知っている後田と柴田は、お世話になっている狩猟グループでの安全管理対策を同時に思っていた。


「安全についてそんなに考えてない気がする・・・」


「安全管理なんて考えは、せいぜい矢先の安全に気をつけてと言う程度だったなぁ・・・」とお互い声には出さなかったが、目と目があった時に、お互いがそんなことを考えていることには気づけた。


「安全を優先させるというトップの意識が強くなければなりません。捕獲実施隊や有害駆除隊におけるリーダーの役割は、まさにこの部分にあります。


 仲間同士での狩猟とは異なり、たとえ同じ仲間であっても技量が著しく劣る者や不安全行動をとりやすい者が事業に従事することをやめさせることも時には必要となります」


 後田と柴山にとっては、ドキッとする言葉だった。


 お世話になっている狩猟グループとは別のグループの話だが、そのグループには、八十歳を超える超ベテランハンターがいるらしい。


 そのお爺ちゃんは年齢的なこともあって、銃の取り扱いやら山歩きではいつ事故を起こすかもわからない状況らしい。


 しかしながら、その地域の顔役でもあって、誰もが「そろそろ狩猟をやめた方が良い」と言うどころか、注意すらできなくて困っているというのだ。


 グループのリーダーが何か言ったとしても、逆に子ども扱いされる有様だと聞いたことがある。


「交通事故と比較しても、一万人当たりの事故発生件数は狩猟においては低いです。


 しかしながら、日常に必要性の乏しい狩猟において発生する事故は、感情的にも社会的にも影響が大きく、たとえ意図的でないミスによる事故であっても、飲酒運転による死亡事故と同じあるいはそれ以上に扱われます」


 そのとおりだろう。

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