第3章 入学 第31話

「狩猟事故に関わらず、事故の根幹には人間そのものに問題があることが知られています。人間を一種の情報処理装置と見た場合、『ミス』・『エラー』・『失敗』は入力過程、思考過程、出力過程、記憶過程の四つの過程のいずれかまたは複数で起きます」


 パワーポイントでスクリーンに、各過程の名称とミスの実例が示された図が映し出された。


「入力ミスは、見間違いや勘違いなど日常的に誰もが経験しているミスでしょう。これらのミスを防ぐためには、駅員さんが駅のホームでやっている『声だし確認』や『復唱』などがとられています」


 なるほど。駅員さんたちの『指さし確認』などは、事故防止のために必要なことなのだと四人とも納得している。


「しかし、日常的にミスは発生するという事実は変わりません。そのうえで、事故を無くすにはどうしたらよいのでしょう。いずれにしても人間が行うことですから百パーセントということはあり得ません。


 そのため事故が発生する確率に影響する要因を知り、確率事象であるミスの発生確率を下げることが重要となります。言い換えると、どんなに安全に気をつけても、我々の周囲で事故はある確率で発生してしまうということです」


 思わず、「ごくり」と四人は唾を飲み込んだ。


「どんなに気をつけても、事故は発生する・・・」


 今まで、事故は他人事で、自分には起きないものと根拠もなく思っていた。


 人は、宝くじを購入すると、『当選したら何を買おうか』とは考えるが、『今日、事故に遭うかも知れない』とは考えない。


 堅苦しくて、つまらなさそうな講義だと思っていたが、もし自分が撃った弾で人が怪我をしたらとか自分が滑落したらと、事故が目前に待ちかまえているような印象を受け、一気にこの講義の重要性が感じられた。


「労働災害における経験則に、一件の重大事故の背後には二十九件の軽微な事故があり、その背景には事故にはいたらないまでも、ヒヤリとしたり、ハッとしたりする三百件の異常が存在するというハインリッヒの法則というものがあります。このヒヤリ・ハットを減らすことが事故の発生確率を下げることになります」


 ハインリッヒの法則という名称は知らなかったが、ヒヤリ・ハットは聞いたことがあった。三人とも記憶をたどると、銃砲所持許可取得のために最初に受けた初心者講習会での警察官の話であった。


 あの時には、講習終了証明書を取得することに注意が集中していて、事故のことを我が身にも発生する可能性があると思って聞いていなかった。


「意図的ではないミスは、人が日常的におかすものです。一方で、意図的なリスクテイキングや違反などは、不安全行動と呼ばれ、これが事故の発生確率を高めたり、発生した事故の被害を拡大したりすることが知られています。


 規則やマナーを守らない要因には、①知らない、②理解していない、③納得していない、④他の多くの人も守っていない、⑤守らなくても注意を受けたり罰せられたりしないなどが考えられます。


 この程度なら良いだろうという不安全行動は、いたるところに存在していることは、皆さんも経験しているはずです」


 言われてみれば確かにそうだ。何の根拠もなく「大丈夫」と思って、いろいろな無茶をした記憶が各人の中には存在していた。


「失敗は、個人差よりも個人の周りの『状況変化』よって確率が変動します。疲労や悪天候などは、事故の発生確率を高めるものなのです。このため、平常心や周囲の状況を冷静に判断する能力が重要となります」


 パワーポイントをつかいながら、山里の説明が続く。


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