第112話 柚月の選択

残りの日程をエンプレスのメンバーとの共同練習で消化し、佐倉中央はサブチーム含めて格段にレベルアップしていた。しかし時期は8月。3年生は受験に本腰を入れなくてはいけない時期である。現3年生のメンバーは一人ずつ後藤との面談を行った。


伊織「私はスポーツ医療の専門学校にする予定です。サッカーに何らかの形で関われる職業に就きたいと思ってて、偏差値や受験資格もだいぶ余裕のある場所を検討しています。」


樹里「私は亜紀さんが進んだ大学を考えています。私にとってはチャレンジ校で、皇后杯が続くほど勉強との両立が難しくなりますが、そんな事は言い訳にしません。どっちも笑顔で終われるようにします。」


悠香「私は美術大学に進学します。もともと絵を描いたりするのが凄く好きで、両親もそっちの方面に進むことを賛成してくれています。」


花「私は音楽の専門学校で自分の音楽の才能をもっと磨きたいと思ってます。皇后杯の地区予選が終わったら直ぐに試験なので、両方とも最後まで気を抜かずにやり切ります。」


千景「滾りますよねぇ。大阪の強豪、堺FCレディースの入団テスト。不合格の場合は実家の家業を継ぐつもりです。そんな事あるはずないですけどね!強気で行きます。見てて下さい」


真希「私はまた今までとは別の世界に飛び込んでみたいと思ってて、香水が好きなので美容系に行きたいので大学に行くのではなく就職しようと思います。」


残ったのは柚月だが、どうも卒業後を決めあぐねているようだ。

後藤「柚月、君なら出来るはずだぞ?受験資格もクリアしているんだろう?」

柚月「そうですが…。やっぱり海外は不安です。治安とか、お金の面でも難しいんじゃないかなって思ってます。」

後藤「ご両親は何と仰っている?」

柚月「チャレンジするのはいいけど、やっぱり金銭的な問題も絡んでくるから、浪人とかは出来ないし、稼ぐならその土地で自分でどうにかしてほしいと言われてます。」

後藤「なるほどな。かといって、向こうの国でバイトなどは原則出来ないしな。どうしたものか…。」

マヤ「その話、私も乗っていいですか?」

食堂の外で話を聞いていたマヤが突然入ってきた。マヤは9月からアメリカの大学に進学することになっている。後藤の隣の席に腰掛けると単刀直入に聞いた。

マヤ「どの大学を受けようとしてるの?」

柚月「えとっ…ノースシカゴ大学っていうところを受けようと考えています。」

マヤ「私と同じ大学ね。うちの高校は理事長のお父様がそこの大学出身だから成績優秀者には受験資格が与えられるから選んだって訳ね。」

柚月「はい。それと、日本の大学教育に少し疑問があって、海外の大学に行きたいと入学時から思っていました。」

マヤ「なるほどね。さっき聞いていた時に、学費とかも不安と言っていたわよね。」

柚月「海外の大学は日本の大学よりもずっと費用がかかると聞きますし…」

マヤ「今の成績はどれぐらいか分かる?模試とかの成績でも構わないし。」

柚月は携帯で自分の成績を二人に見せた。

後藤「これは…!?」

柚月の成績は殆どの科目が全国一桁であった。

マヤ「凄いじゃないの!もっと自信持ちなさいよ!この成績なら本試験次第では学費全額免除だって夢じゃないわよ!」

しかし、柚月の顔は依然として暗い。

柚月「でも…正直家族のことも心配で…。」

後藤「何が心配なんだ?」

柚月「実は妹と弟が合わせて5人居て、私のすぐ下の子はまだ中学に上がったばっかりなので任せられるか分からないんです。両親も共働きなので、そこも心配してます。」

後藤「近場の大学で学費が全額免除ならバイトなどで家庭にも余裕ができるということか。だが柚月、君が自分のやりたい事や目指しているものを全て捨ててまで家族に縛り付けられる必要は私はないと思う。君は他人に優しい。だが自分にはどうだ?他人を思うあまり自己犠牲でいつも辛い思いをしてきた、違うかな?」

柚月「いえ…その通りです。」

後藤「なら、その分は自分に優しくしても良いのではないかな?と私は思う。確かにその間はご家族や下の子達は辛い思いをするかもしれない。でも、君ならアメリカにいる数年で大きな成功を収める事だって出来るはずだ。そうすれば結果的に家族は幸せになれる。だから、自分に正直にやってみろ。」

マヤ「柚月、ノースシカゴ大学においでよ。」

柚月「…今夜、両親と電話で話してみます。」

後藤「分かった。良い方向に動いたらいいな」

柚月「ありがとうございました。」

その夜、部屋を後にして誰もいない静かなランドリーで柚月は両親に電話を掛けた。出たのはすぐ下の妹であった。

柚月「もしもし、柚月だけど。ああ、お母さんいるかな?いたら替わってもらえる?」

電話口が静かになると一つ深呼吸した。

柚月(大丈夫。自分の気持ちを打ち明ければいいだけ…。)

柚月の母「もしもし?どうしたの?」

柚月「ああ、お母さん。あのね、進学の件なん だけどさ…私、やっぱりノースシカゴ大学に行こうと思う。」

柚月の母「…そう。本当にそれでいいのね?」

柚月「うん。」

柚月の母「お父さんには私から伝えておくわ。夏合宿が終わったらもう一度話し合いましょう。」

柚月「お願いします。」

電話はガチャっという音を立てて切れた。柚月は心拍数が上がっていたが、漸く落ち着いたという感じだ。その足で後藤に報告しに行った。

後藤「そうか。取り敢えずは様子見といった感じか。却下されなかっただけ良しとしよう。」

柚月「はい。結果が分かり次第報告します。あ、それと三者面談なのですが、後藤先生に担当してもらいたいです。」

後藤「日にちさえ大丈夫なら私は構わない。君の担任の先生にも連絡しておくよ。」

柚月は心強い仲間が付いてくれる事に心を撫で下ろした。

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