第41話 新たな魔物が淫れる


「ゆ、遊子……俺、お前とエッチしたい……」


 部屋の中で1人、最高にどストレートで恥ずかしい告白の練習をする。


「お、おええええー!」


 嗚咽にも似た恥ずかしさがこみ上げ、俺は思わず、床の上でのたうち回ってしまった。


「言えるかああー!」


 結局その日、俺は遊子の家を訪ねることはなかった。



 * * *



 翌日の放課後――。



「その様子だと、言えなかったみたいね」


「はい……」


 ジムに入るなり、マミさんにそう言われて、俺は肩をすくめていた。


「む、無理ですよ! 昔からの顔なじみを相手に、その……エッチしたいだなんて」


 言ってて顔が熱くなってくるのを感じる。


 無理! 俺には絶対に無理!


「そう……残念ね。だったら遊子ちゃんがあのまま別の男のものになってしまうのを、指を食わてみているといいわ♡」


 するとマミさんは、そんな残酷なことを言いつつ唇に指をあて、いつものお姉さんスマイルを浮かべた。


「な、なんでそんなに余裕なんですか!? マミさんにとっても、大事な親戚でしょう……」


 女子高生の従姉妹が変な男にひっかからないように、見張っててくださいよ!


「そうかそうかー、ハルキ君は失恋しちゃうんだなー、ざーんねーん」


「な、ナオミさんまで!」


 そして2人して、妖艶な笑みを浮かべてくる!


「なんだかんだ言って、キミはユーコちゃんのことが好きなんだろー?」


「そ、それは……」


 ナオミさんがあまりも露骨に聞いてくるので、俺は二の句が継げない。


「だったら、それを素直に話せばいいじゃないか」


「そうよ、ハルキ君。人間は元気で正直で美味しそうなのが一番なのよ?」


「う、うう……」


 簡単に言う……。


 正直な気持ちを伝えて傷つくのは俺なんだぞ。


「で、でも……遊子はそもそも、俺の彼女になんかなりませんよ。いいんです……あいつだったらきっと、すごく良い男と付き合えると思いますから……」


 そうだ、夜の街ってお金持ちも多いんだ。


 きっとIT系な感じの、新進気鋭の実業家さんをゲットするさ!


 そしてその方が、俺と付き合うよりよっぽど幸せだろうさ……。


「やれやれ」


「これは想像以上のヘタレね♡」


「な、なんとでも言って下さい!」


 と言って俺は、さっさとトレーニングを始めてしまう。


 今日の種目は足!


 さっそくその場で、ウォームアップのスクワットを始める!


「もう、朝からやる気満々で、ネットで調べたりしてメニューも組んできたんですよ!」


「あらあら♡」


「やる気だけは人一倍だな♡」


「まあ、これはこれで……」


「ああ……これはこれでだな……」


 するとマミさんとナオミさんは、互いに視線を交わしながら微笑んだ。


 何かを企んでいるような感じだ……。


「ねえハルキ君」


「は、はいっ?」


 スクワットを続けながら答える。


「ハルキ君が遊子ちゃんをゲットできる可能性は100%なんだけど、それでも頑なにその可能性を拒むというのなら、それはそれで仕方がないわ」


「え?」


 なんだろう、マミさんは一体なんの話をしているのか。


 続いてナオミさんが。


「あんな可愛い幼馴染を他の男に取られたら、そりゃあ寝込むほどに落ち込んでしまうだろうな! だが安心するんだ……!」


「ええっ……?」


「その時は『あたし達』が、ハルキのことを慰めてやるからよ! ふふふ♡ 責任を持って、苦しみのない最後を与えてやるぜ……」


「そ、そうですか……?」


 苦しみのない最後という言葉の意味は良くわからないが、きっと、遊子が他の男のものになった時の苦しみを、マミさんとナオミさんが慰めてくれるということだな。


 間違いなく、このジムで!


 失恋の苦しみを忘れるくらいの、とびきりのトレーニングに付き合ってくれるに違いない……!


「そそ、そこまでしてもらえるなんて……」


「うふふ、こっちこそ『まさに役得♡』よ?」


「棚からぼた餅なんだぜ……じゅるり♡」


 そ、そうなのか!


 マミさんもナオミさんも、なんて良い人達なんだろう!


 やっぱりジムで鍛えている人は違う!


「じゃあ、今日のトレーニングも頑張りますね! シュッ! シュッ!」


「うふふふ、頑張って鍛えて美味しくなってね♡」


「楽しみにしているぞ!♡」


「はいっ! シュッ! シュッ!」


 そして俺は、張り切ってウォームアップを続ける!



 * * *



 1時間後――。


「ぜぇぜぇ……はぁはぁ……」


 俺は更衣室のベンチの上で、汗だくになって伸びていた。


 我ながら、とんでもないメニューをこなしてしまった。


 スクワット30回×3セットでウォームアップ。


 それからバーベルスクワット20kgを10回。


 30kgに上げて10回×3セット。


 この重量の根拠は、遊子を背負ってスクワットした時の再現だ。


 あいつの体重、たぶんそのくらいだと思うからな……。


 最後の1セットは、5発目で完全にバーベルが上がらなくなって、マミさんに補助を入れてもらうことになった。


 その時ちょっとだけ、マミさんの胸が背中にあたって……。


「ふおおお!?」


 思い出しただけで股間がテントを張りそうになった!


 それでまた元気になってしまった俺は、さらにそこから、精根尽き果てるまでレッグプレスマシーンで追い込んでしまったのだ。


 それが完全にオーバーワークであった。


「ちょっと、まともに歩ける気がしねえ……」


 着替える余裕も無さそうだから、今日はこのまま帰るとする。


 荷物だけ持って更衣室を後にするが、足がブルブルしてまともに歩けなかったので、再び玄関前のベンチに座り込んでしまう。


 すると……。


「うふふふ♡」


「おにーさん!♡」


「えっ?」


 何と俺の両隣に、たまにジムで見かける、あの『双子みたいな女の子達』が座ってきたのだ!


 いつもと同じお揃いの髪留めをつけて、ぶかぶかとTシャツを着ている。


 角度次第では、幼い2人のB地区が、うっかり見えてしまいそうだ。


 どうしてジムにいる女の人って、こうも防御力が薄いのだろう……。


「今日はすごい頑張ってたねー!」


「これ、良かったら飲んで!」


「ええっ!?」


 小学生みたいな女の子2人がくれたのは、あのBCAAが入ったスポーツドリンクだった。


「い、いいの?」


「うんうん! いいの!」


「飲んで飲んで!」


「あ、ありがとう……」


 何だか良くわからないが、これは確かにありがたい。


「キミの『下半身♡』がアミノ酸を求めてるよ!」


「いっぱい飲んで『元気♡』になってね!」


 言葉のイントネーションが妙ではあったが、確かに2人の言う通りだ。


 やる気まんまんであまり気にしていなかったけど、運動の前後には吸収の良い栄養を摂取する必要がある。


 もっと、自分の筋肉をいたわりなさいということか……。


 このような幼子達にたしなめられてしまうとは、いやはや情けない。


「じゃ、じゃあ遠慮なく……」


 俺はさっそく半分ほど、よく冷えたアミノ酸入り飲料をゴクゴクと飲んだ。


 五臓六腑に染み渡るとは、まさにこのことだった。


 下半身が――筋肉が――喜んでいる!


「えーと……2人は?」


「私の名前はリリ!」


「私はスズ!」


「2人合わせて……」


「『リリス』ズだよ!」


「なんと……!」


 とてもファンタスティックな双子の名前だった!


 きっと、お父さんかお母さんがオタクなのだろう。


「そ、そうなんだ、俺の名前は……」


「知っているよ!」


「ハルキ君だよね!?」


 なんと、2人ともすでに俺の名前を知っていた。


 まあ、頻繁に顔を合わせるものな。


 マミさんやナオミさんとの会話を横から聞いていれば、嫌でもわかるか……。


「それでねハルキ君!」


「早速なんだけど……!」


 2人は頬を赤らめつつ、俺の顔を見上げてくる。


 そして――。


『今から私たちとスケベしよ!♡』


「ぶふっー!?」


 まるで予想外なその発言に、俺はスポーツドリンクを吹き出した!



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