第31話 体調が淫れる


 そして、遊子と交代交代でデッドリフトをすること3セット目。


「うりゃああー!」


「お尻が先に上がっているよ! もっと足を頑張るんだ!」


「はっ、はいい!」


 バーベルが床から上がらないまま、ケツだけが上がってしまう。


 これは、下半身が負けている証拠だ。


「そのままだと腰を壊すよ! いったんお尻を下げて、大殿筋とハムストリングスを全力全開にするんだああー!」


「は、はいいー!」


 脚を踏ん張れないから、腰を先にあげて背中で引こうとしてしまう。


 これではとんでもない荷重が腰骨にかかることになり、椎間板ヘルニアに向けてまっしぐらだ!


「ふ、ふおおーっ!」


――ビキビキビキ!


 腰を下ろして再度踏ん張ると、ケツ筋と腿裏の筋肉に引きちぎれるような刺激が走った。


 目の前が真っ白になるほどの力を込めると、辛うじて80kgのバーベルが宙に浮き上がる。


「ふががーっ!」


「最後まで引き上げて、肩甲骨を締めて胸をはるんだー!」


「どりゃせいっ!」


 腰から背中の真ん中、さらに首筋のあたりまでビキビキと刺激がきている!


 本当に、体中の筋肉が全力稼働するとんでもないトレーニングだなデッドリフト!


「ふううー!」


――ドッスン!


 バーベルを床に戻すと同時、俺はその場に膝をついてしまった。


 まるで全身の神経が逆立っているみたいで、時々体がビクリと痙攣する。


「よしっ、今日はここまでだ! 2人ともよく頑張った!」


「あ、ありがとうございました……!」


「ございましたぁ……あうう」


 遊子も遊子で、お尻の筋肉がビクビクして歩き方が変になっているな。


 さーて、ダルいが後片づけだ。


 バーベルのウェイトを元に戻さなきゃ。


 一番重たいプレートは20kgもあるから、外して運ぶだけでも一苦労である。


「わ、私も手伝うよ?」


「おお、悪いな……」


 まずは10kgのプレートを外す。


 残りはバーと20kgのウェイトが2枚。


 計60kgのバーベルを再びデッドリフトの要領で持ち上げて、スクワット台の下段部分に乗っける。


「大丈夫か遊子?」


 今の遊子に20kgのウェイトは重すぎるようにも思うのだが。


「だ、大丈夫だよ! さっきまでこの重さでやってたんだから……」


 遊子はそう言って、20kgのウェイトをバーから引き抜く。


「うんっしょ……!」


 そして、よろよろとウェイトラックまで持っていく。


 俺もそれに続いて、もう片方のを持っていくが……。


「ううっ……!?」


「!? 遊子!」


 ウェイトをラックに置いたとたん、遊子がフラッと後ろによろけたのだ!


 俺は慌てて、その体を後ろから抱きとめる!


「ど、どうした!?」


「あ……ごめん……ちょっと貧血?」


「と、とにかく横になるんだ!」


「だ、大丈夫だって……うっ」


「いいから横になるんだー!」


「ああん!♡」


 俺はそのまま、遊子を床に押し倒した!


「だ、だめ……♡ そんなにしたら我慢できな……ジュルリ」


「お、お前! 何か顔が青かったり赤かったり変だぞっ! やっぱりどこか悪いんじゃ……」


 医学の知識に乏しい俺では、遊子のどこが悪いのかなんてわからない。


 すぐにお兄さんも駆けつけてきて、遊子の脈を測ったり、おでこの熱を測ったりして診察する。


「むむっ! もしやキミ、お昼ご飯を食べていないのではないかい?」


「えっ!? そうなのか! 遊子!」


 無茶なダイエットでもしていたのか!?


 というか、お兄さんの診断能力が高すぎる!


「じ、実は……ハァハァ♡」


 と言って、何故かいつもの潤んだ目で俺を見ていくる遊子は、何故かそこでゴクリと喉を鳴らしていた。


 どうやらヨダレが止まらないようだ。


 これは……熱中症も併発しているのではないか!?


「とにかく、水分と糖分を摂って安静にするんだ!」


「はい! おれっ、スポーツドリンク買ってきます!」


「あっ……ハルキ……それよりも私……♡」


 遊子はなにか言いたげであったが、俺は急いで糖分入りのスポーツドリンクを買いに向かった。



 * * *



「ゴクゴクゴク……はぁ♡」


 スポーツドリンクを飲んでも、遊子の顔色は優れなかった。


 目がトロンとしてあらぬ方角を向いている。


 栄養失調すぎて頭が動いていないのかもしれない。


 俺は、遊子の食が最近細いことなどをお兄さんに話した。


「ダイエットを気にしすぎて拒食気味になる女の子は結構いるからね。栄養不足でトレーニングに臨むのはまずいから、しばらくはキミ、トレーニング禁止だ!」


「えええーっ?」


 お兄さんの容赦ない指摘に、遊子は驚愕の表情を浮かべた。


「そもそも、食べずにトレーニングをしても意味がないからね。ちゃんとご家族にも話して、食欲がもどらないようならお医者さんに見てもらうこと!」


「そ、そんな……」


 スポーツドリンクを手にがっくりと肩を落とす遊子。


 あんなにやる気満々だったのにな……。


 遊子は遊子でジムに通いたい理由があった。


 そして美容を気にするあまり、拒食症になってしまったんだ。


 くそっ! 隣に住んでいながら気が付かないなんて!


 俺の目は節穴か!


「なあ遊子! 何か少しでも食べたいものはないのか!? 帰りにモモヤで買っていこうぜ!?」


「えっ!♡ た、食べたいもの……?♡ そんなの決まってるんだけど……♡」


「何が食べたいんだ!? 言ってくれ! なんなら俺が作ってやるよ!」


 こう見えても、料理は得意なんだ!


「そ、それは……♡」


 遊子はしばし俺の顔を見ながら、物欲しそうな目でモジモジしていた。


 しかし――。


「だ、だめ!♡ 要らない! 食べたくない!♡」


 と言って首を横に振った!


「んなぁ!?」


「これは深刻だ……」


 どうやら俺の幼馴染は、完全に拒食症になってしまったらしい。


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