第17話 店員さんまで淫れるだと?


「魚は高いな!」


「そうだね!」


「お肉も高い!」


「カロリーも高いよ!」


 ほんとそうなんだ。


 魚の油は脂肪燃焼に良いと聞くが、魚自体が結構するし、そもそも俺、魚の料理はできない。


 肉はただ切って焼けば良いのだけど、タンパク質も多ければ脂質も多い。


 意外と、トレーニング向けじゃないんだな……。


 結局、半額シールのついた鶏肉だけ買って、肉のコーナーを後にする。


「意外と難しいもんだな」


 安くて、美味くて、腹がふくれるものとなると、大抵が炭水化物と脂質の塊だ。


 俺の昼飯なんか、ほぼ毎日コロッケパンだし。


 あれは腹がふくれるし、美味いし、そして何より安いのだ……。


 そして気づけば冷凍食品のコーナーに。


「あっ! これなんかどう?」


「これは……」


 鶏肉のソーセージか。


 1kgで1000円もしない。かなりお安いぜ。


 鶏肉だから脂質も少なめなんじゃないかと、期待して成分表示を見てみるが……。


「おおっと!」


 100g中、3割近くが脂であった!


 加工食品は基本的に、脂質高めである……。


「まぁ、背に腹は変えられないか……」


 と俺は、冷凍の鶏肉ソーセージをカゴに入れようとするが。


「あっ!」


「なにっ!?」


 その時、俺の脳裏に閃きが走った!


「あれがあるじゃないか!」



 * * *



 そして、俺がやってきたのはウィンナーとかを売っているコーナー。


「よっしゃー! しかも特売中だったー!」


 俺が手にしていたもの。


 それは。


「魚肉ソーセージ、げっとー!」


 子供の頃はよく、おやつ代わりに食べていたそれだった。


 3本セットで超お得!


 ポテチとコーラにハマって以来、めっきり疎遠になっていた魚肉ソーセージだが、ここに来てまさかの復権である。


「そしてさようなら、ポテチにコーラ……」


 筋肉の増産に一切貢献しないそれらに、俺はきっぱりと別れを告げた。


 気づけばすっかり、筋トレ沼にハマっている。


「ハルキ、試食やってるよ?」


「あっ、本当だ」


 近くで店員のおばちゃんが、ホットプレートでシャウトエッセンを焼いている。


 うわっ、めっちゃ高級品じゃないか。


 ついつい俺と遊子は、試食コーナーに近づいてしまうが……。


「いらっしゃーい、食べてってー、そこのお若いカップルさーん」


「えっ!?」


「やだー、カップルだなんてー♡」


 傍からすればそうも見えるのか?


 スーパーで制服姿の男子と女子が連れ添って歩いていれば……確かに目立つな。


「も、もしや……」


 タンパク質を求めるあまり、周囲への警戒が疎かになっていた。


 俺は改めて、自分たちの周りの人に目を向ける。


 時間が時間だけに主婦の人が殆どだが、結構な割合の人がこっちを見ている。


 そしてニヤニヤと笑みを浮かべつつ、ヒソヒソと何かを話している。



――あらまー、なんてお若い新婚さん。


――いいわねぇー。



「はっ!?」


 や、やばい!


 好奇の視線で見られてしまっているー!?


 これじゃあ、学校で遊子と一緒にいる時と変わらないじゃないか。


 早く買い物を済ませなければ!


「んー! やっぱりシャウトエッセンはおいしいー!」 


「わーっ!?」


 早くも食ってんじゃねー!


 断りにくくなるだろー!


「はいっ、ハルキの分! 貴重な貴重な『タンパク質♡』だよ?」


「ふがぁっ!?」


 なんと遊子は、細かく輪切りにされたシャウトエッセンを、爪楊枝で縦にいくつもぶっ刺して、ほぼ1本分の量にして俺に渡してきたああー!


「うわあああ……!」


「まぁまぁ、若い子はよく食べるねー」


 手をつけてしまった以上、もはや食べないわけにはいかないだろう。


 おばちゃんの手には既に、2袋で1セットのシャウトエッセンが握られている。


「い、いただきます……パク……う、うめえ!」


 本当に、叫びたくなるほど美味いぜ!


 文明の結晶みたいな味がする!


「これから2人でお夕飯でも作るのかいー?」


「え? いやそういうわけでは……」


「まあ、そんなところですよっ!」


「ふがっ!?」


 そんなところって、どんなところだよ!


 誤解を生むだろ!


 というかお前まだ、コンニャクしか買ってないな!


「なら男の子は精をつけないとねー。遠慮せずにもう一本分いっときなー?」


 そう言って再び、さっきと同じ量を渡してくる。


 もう片方の手に、さらにもう1セットの袋を追加しつつ!


「今ならお買い得だよお兄さん、ヒェッヘッヘ……」


「ひいいぃっ!?」


 完全に術中にハマった!


 ここまで来て、やっぱり買いませんなんて言えない!


 俺は結局、そのお買い得な2袋セットを、2セットも買ってしまったのだった。


「うふふふ……これで2人とも今夜は『お楽しみ♡』だねぇ。まいどどうもー」


「はいっ、ごちそうさまでしたー!」


「…………」


 どこかで聞いたセリフを、ここで聞くとは思わなんだ!


 周囲のお客さんも、チラチラとこちらに目を向けてくる。


 余分な買い物をした恥と、好奇の視線にさらされる恥……。


 近所のスーパーで、こんな窮屈な思いをするとは思わなかった。


「あっ、そうだ。きゅうり買わなきゃ」


「唐突だな……」


 そしてお前は、シャウトエッセン買わないのかよ。


「やれやれ……」


 その後もう一度、野菜売り場を回って、俺はその日の買い物を終えたのだった。


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